旧型の傘

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旧型の傘

 学校はさぼった。友達や先生からの連絡がきていたけど、全部無視した。  朝、一番に、『傘』外延行きの電車に乗る。駅員に止められそうになったけど、誕生日が今日になっている身分証明書を見せたら、笑顔で通してくれた。昨日までどんなに通りたくても止められていたのに。  15歳、すごい。たった一日違うだけで、こんなに行動範囲は広がるのか。  でも、馬鹿みたいだとも思う。たった一日違っても、私の中身は、昨日と何も変わっていなかったから。  電車の窓から空を眺める。相変わらず、真黒で一切の光を通さない『傘』を、大量の雨がたたきつける。ザァザァ、ザァザァ、毎日聞きすぎて、慣れてしまった耳は、よくよく耳をすまして聞かないと雨の音を聞き取ることもできない。  太陽って、どんなものなんだろう。空って、どんなものなんだろう。雨の音をBGMに、想像は広がっていく。  太陽は図鑑で見たことはある。図鑑はオレンジ色で塗られていた。本物はどういう風に見えるんだろう。目で直接見たらダメだって書いてあった気がする。ああしまった。準備してないや。でもいい。少しくらいなら、大丈夫だろう。根拠はないけど、きっと。  マウントフジ、というものも見えるかもしれない。『傘』より高いものは、壊された。マウントフジというのは、『傘』より高くて、かつ壊せなかったものらしい。どれくらい高いのだろうか。  東京海接区域はとても狭い。電車に揺られて1時間もしないうちに、『傘』の一番端に近い駅にたどり着いた。私の15歳初めての冒険も、すでに終焉が見えている。  ホームに降り立って、電車賃を払って、改札を出る。  足元からわきあがる全能感に、身をゆだね、握った両こぶしを、『傘』に向かって突き上げる。  私は、自由になったんだ!私は、『傘』の端に行けた!  駅からは、『傘』の端、『傘』の外との境目は見えない。それでも、まだ見ぬ空と、太陽が日を照らしている気がした。    ここまで来れた。あとは、『傘』の外に出よう。太陽の下、日光を浴びよう。  暇そうにあくびをしている駅員さんに声をかける。 「『傘』の外に行きたいんです。どうやったら行けますか」  子どもは行ってはいけない、と言われないように、先に身分証を駅員さんの目の前につきつける。15歳になったばかりの、身分証は、なんでもできるようになる魔法のカードだ。 「……きみは、外に行きたいの?」 「行きたいから、ここまで来たんです」  強く、言い切った。ここで帰るわけにはいかない。  大人は、『傘』の外を教えてくれない。太陽も、空も、マウントフジも、何一つ教えてくれない。私たち子どもに、『傘』の下の世界だけがすべてだと植え付けてくる。  違うんだ。私の世界は『傘』なんかにとどまらない。もっと、もっと広い。私は、どこまでも行ける。  いつか、日本東京海接区域だけじゃない。函館、釧路、仙台、横浜、浜松、神戸、佐世保……ほかの海接区域にも行ってやる。  駅員さんは、ふっと口元を緩めると『傘』と同じ、真っ黒な傘を私に差し出した。資料集で見たことがある。まだ梅雨があった時代に、一人もしくは複数人用の雨をしのぐ、旧型の傘だ。 「そう。傘は持っていきなよ」  どうして、これを渡してきたんだろう。疑問に思いながらも、私は傘を突き返した。 「いらないよ。私は太陽を見に行くんだから」  万が一、『傘』の外でも雨が降っていても、濡れるくらいなんともないはずだ。雨は、水で、無害だって聞いている。 「そうか」  駅員さんは遠くに行くなよ、大変だからと念を押してから駅員室にひっこんでいった。    太陽を見に行くといったとき、駅員さんは、見たことのある顔をしていた。ユリ姉の人をくったような顔だ。懐かしいものを見るような、幼い子供を見るような。そんな顔。  『傘』の外に行きたいというたび、大人は、いつも同じような顔をする。  それが、とても悔しい。       
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