旧型の傘

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 駅からすぐ外は、『傘』の外に繋がっている。私がずっと調べていたことは本当だったらしい。  駅員さんは、旧型の傘を勧めたきり、机に腕を組んで寝こけている。仕事をしろ、公務員。  『傘』の外はどこだと探すまでもなく、ご丁寧に、こっちが『傘』の先端だってことを示す看板までたてられていた。嫌々素直についていけば、3分も歩かないうちに、『傘』下の行き止まりだ。  東京に24時間365日絶え間なく降り続ける雨を塞ぐため、『傘』の真っ黒な布は、とても固く作られている。教科書には、ライフルの弾くらいならものともしない固さらしい。布とは何か、概念が揺らぐ思いをしたのを覚えている。  その『傘』の黒い布は空中から地上まで布を垂らしている。大事なものを守るように、人間を包み込むように。東京は『傘』にすっぽり覆われているんだ。    そして、私の目の前には、その『傘』の、外界との唯一の接点がある。私の背丈の二倍はあろうかと思える、大きな扉だ。  扉の先に『傘』の外がある。私の見たかった太陽が、空が見られる。  ……私の願いが叶う。それはとても,とても、嬉しいことだ。でも。  ……なんだよこれ。私は、拳を握りしめた。  飛んで火に入る夏の虫。まるで、こっちに来いと、おびき寄せられてるみたいじゃないか。15歳になるまでは頑なに情報を与えないようにしていたのに、誕生日の日付を越えた瞬間、どうぞ好きにしてくださいと言わんばかりのほったらかしぶり。  私は頭をふった。よくわからない感情を含んだ汗が頬を伝う。  それでも、私は、太陽を見るんだ。ずっと、そう願ってきたから。  一つ、大きく深呼吸してから扉に手をかけ、全身で押した。重い扉はなかなか開かない。それでも、力いっぱい、扉を開けた。  そこに、夢にまでみた太陽があると信じて。  いたんだけど。  図鑑じゃあ、太陽は白く輝いていた。空は青色で塗られていた。  それが、目の前に見える外の空は何色だ?青?とんでもない。赤だ。今はまだ昼前、空はまだ、夕焼けする時間でもないのに。  太陽なんて見ることができない。図鑑の通り、眩しいから太陽を見れないのではない。暑くて、目が開けられない。目の水分が、一瞬で蒸発してしまいそう!これが日光!頭上から、射抜くように私に突き刺さるこの強い光が?熱線といったほうが正しくないか?  それでも、少しでも目の奥に焼き付けようと目を開く。涙が、目を守ろうと流れるそばから乾いていく。  マウントフジどころじゃなかった。山を見る余裕もない。植物なんて一本も見つからない。あたり一面、乾燥した土地だらけ。  痛みを感じる。手の甲が火傷したように赤い。痛い。  手だけじゃない。急いで服をめくる。長袖の下の腕も真っ赤だった。服があるところは、服にすれてヒリヒリと激痛が走る。  どうして、『傘』の外にでたばかりだというのに。  サウナでも経験したことのない、蒸せ返るような暑さに、なんだろう、まるで、火が世界を焼きつくして……  そこからの記憶が途切れている。
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