消えた玉手箱

1/8
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 スコールを思わせる土砂降りを車窓から眺め、この日が来たかと思った。昨夜ぶら下げた逆さ吊りのてるてる坊主が功を奏したのかは分からない。電車の揺れに呼応するように、左耳に下げた大きな真珠風イヤリングが踊っている。  先ほどまでの朝日は嘘のように跡形もなく消え、湿気に満ちた澱んだ空気が充満する。車内では驚きとため息の声が行き交っていた。  改札を出てすぐのコンビニで傘を買う。オフィスまでの道のりで傘を買えるのはここしかない。品揃えが悪く傘もペラペラのビニール傘一種類しかないが、持ち手と露先が黒く案外見た目は悪くない。  雨粒がバチバチと頭上で響く。一日で壊れてしまいそうだが、今日だけもってくれれば申し分ない。  オフィスに着くと同僚のうち二人はすでに着いていた。 「遠藤さん、今日は朝から災難ですね」  声をかけてきたのは隣の席の水野さん。この部署で女性は二人だけだからか、親しみを持たれている。 「コンビニのビニ傘がもうちょい頑丈だとありがたいんだけどねぇ」  向かいの席の赤井さんは、横風に当たったらしく、右半身ばかりが湿っている。机上の白いタオルは随分と水分を吸ったようで、重量感が滲んでいる。 「いやでも、こういうイレギュラーの日の方が、新しい発見があるかもしれません」  入口から誰も入ってきていないことを確認してから私がそう口にすると、部屋の奥のドアが開いた。 「おうおう、遠藤君はこんな日でも前向きだなあ」  全く濡れた様子のない社長は、唯一の車通勤者である。二年前に新社長に任命されたのはいいものの、前任と比べてどこか頼りない。たるんだお腹に首に食い込んだ二重顎。分厚い唇に垂れ目の笑顔は七福神の布袋尊を思わせる。頼りないのにどこか憎めず、人望が厚い。  だが、現実では大らかすぎるのもどうかと思うぞ。 「社長、おはようございます。ちょっと話があるんですけど――」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!