消えた玉手箱

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*  畠さんが出社してきたときにはすでに9時半をまわっていた。急な悪天候で鉄道各線は遅延と運休のオンパレードである。事前に遅刻の連絡はもらっていた。 「今日は朝から災難ですね」  私のときと同じように水野さんが言う。 「はい、ほんとに」  畠さんは今日は心なしかテンションが高い。 「まあ、この後もどうなるか分からない(・・・・・・・・・・)ですけどね」 「えっ?」 「あっいえ。それより浅草、"竹"が一件、明日予約入りましたよ。畠さんの担当だって」 「そうですか。じゃあそれから取りかかります」  私たちの担当である浅草のはずれにある小さな和風ホテルは、最小の規模でありながら社内一の利益をあげている。  一見何の変哲もない旅館のように見えるが、内装が綺麗で、防音とプライバシーの尊重を売りにした高級ホテルである。特に味も評判の個室料亭は、専用入口と専用駐車場まであって秘匿性が高く、いわゆる秘密話に持ってこいなのだ。官僚や大企業の役員が御用達にしていたりする。私たちが独立の部署なのも、社長室と同じフロアなのも、すべてはこのためだ。  秘密の常連客に対してはその重要度から"松"、"竹"、"梅"と私たちだけに通じるランク付けがされており、金額も一桁ずつ違う。情報漏れ防止のため、一件につき一人担当がつくことになっている。さらに上の"蘭"というのもあるらしいが、社長預かりの案件となっているため私たちも最低限の情報しか知らされていない。というか、正直知るのも怖い。  "竹"というと、情報が漏れたら大きなスキャンダルになる程度で、その人の今後に影響する。そこそこ気を遣わなければならない。  畠さんは半年前に中途入社してきて、先月からこの部署にうつってきた。秘密裏に動くのに慣れている(・・・・・・・・・・・・・)感じで、仕事を速く的確にこなす、頼もしい存在である。最近、"竹"も担当するようになってきた。  情報の秘匿性のため、部署内でもあまり情報共有はされていない。"竹"以上の事例は担当者が週に一度の社長との面談で直接報告を上げることになっている。  今日はちょうどその面談の日だ。 「ああ、畠さん、おはよう」  赤井さんが社長室から戻ってきた。随分と長引いたようで、額に汗をかいている。  今度は私の順番だ。
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