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 それにしても、志岐がこれまで出会ったなかで、この男ほど侮蔑や嘲笑といったひとを虚仮(こけ)にする単語が似合う人間はいない。おそらく「烏丸修平」と検索したら、これまでに出演した数々の舞台や映画、ドラマなどと一緒に、そのたぐいの言葉も多数ヒットするだろうと志岐は踏んでいる。 「……まあまあ、烏丸さん。気持ちは分からなくもないけどその辺にしておきましょうよ。志岐だって、別にわざとやってるわけじゃないんですから。──ほら、志岐もいつまでも落ち込んでないでさっさと切り替えて。それが素早くできるかどうかも役者の大事な資質のひとつだよ」 「……伊能(いのう)さん……」  一方で、まさに捨てる神あれば拾う神あり。同じく先輩劇団員の伊能史隆(ふみたか)が、笑いながら志岐の肩をきさくにぽんと叩く。こちらは烏丸のそれとは違ってあくまでも爽やかさ漂う快活な笑みで、ファンたちのあいだでひそかに笑顔の貴公子と呼ばれているのもむべなるかな、といった雅やかな風情だった。 「──そうだな、伊能の言う通りだ。烏丸さん、とりあえずこの場は俺に免じて収めてください。……それから志岐、今のところ、従弟が彼女への気持ちを抑えきれずに、主人公に対して初めて不満を爆発させる場面だろう。でも、今の演技だとどこか怒りが表層的なものにしか見えない。もっと極限まで溜めこんだものが吹き出す、その瞬発力みたいなものを感じさせる表現がほしい。その辺り、もう一回本を読んで役の気持ちをしっかり確認して来い。──よし、じゃあこのまま少し休憩入れるか。二十分後に再開するから、それまでに各自水分補給等をしっかりしておくように」
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