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と、その身体がぐらりと前に傾いだかと思うと、そのまま重力に従ってテーブルに頭を打ち付けそうになるのをすんでのところで防ぐ。力が抜けてより重くなった頭部を支えながらおそるおそる様子を窺うと、何やら小さなつぶやきが鼓膜に触れた。
「……え、なに──……」
「……でも、……やっぱり……き……」
聞かなきゃよかったと一瞬天を仰いでから、完全に酔いつぶれてテーブルに突っぷしたまま寝息を立て始めた志岐を恨めしく見下ろす。そんな天羽の視線も何のその、当の本人はもはや完全に夢のなかだ。
その穏やかな寝顔を何とはなしに眺めて、何だかなあと思う。つい先月まで出演していた『蛍』追加公演も大好評のうちに幕を閉じ、今もっとも注目される若手役者として地位も名声も手中に収めつつあるというのに、この友人は良くも悪くも昔とちっとも変わらない。
──それにしても、彼にはいつも驚かされることばかりだ。高校時代、ある日突然演劇部に入部してきたときも。あれほど無謀だと呆れられていたにも拘らず着々と力をつけ、最終的には、演劇界でもはやその名を知らないひとはいないと謳われる久遠崇主宰の劇団オーディションに合格したときも。
……それから、ずっと女性だと思い込んでいた彼の想いびとであった「真紘」が、実は同性だったと分かったときも。
「──お待たせしました」
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