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いや、あれは衝撃だったと、いまさらながらひと月前の真紘との初対面を反芻していると、また運悪くそこで先程注文したグラスが届き、仕方なく代わりに受け取る。
「お連れさま、大丈夫ですか?」と心配と同情半々の声で問うてくる店員に苦笑を返してから、自分ならふだんは絶対に飲まないそのコークハイをひと口含む。と、ふいにあの夜、志岐とふたりで月を見上げながら飲んだ炭酸飲料の焼けつくような甘さが味蕾を通じて脳に鮮やかに再現された。
『──……ねえ、さっきから何してんの?』
──三年前の冬、構内の駐輪場に佇む志岐に思わずそう声を掛けずにいられなかったのは、天羽の自転車がたまたま近くに置いてあったことと、彼がさっきからもうずっと寒空にてのひらを掲げたままでいるという、天羽からしたらきわめて理解不能な行為を続けているからだった。
「……うん。何かこうやってると今にも掴めそうなのになと思って」
そう言われて初めて、彼が手を伸ばす先にうっすらと白く上弦の月が貼りついていることに気付く。同時に、ばかばかしいという思いと、やっぱりこの男は苦手だという反発心が改めて胸にこみ上げてきて、天羽は黙って自転車を引っ張り出すとさっさとその場から立ち去ろうとした。
「『月に手を伸ばせ。たとえ届かなくても』──知ってる?」
だが、思いがけず背中に投げかけられた問いにふいを突かれて振り返ると、そこには先程と変わらぬ体勢で月を希う同級生のすがたがあった。
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