【5000☆感謝記念SS】月に手を伸ばす

5/14
前へ
/213ページ
次へ
 ──この志岐という名のクラスメイトは、こともあろうに二年生の二学期も終わろうかという時期になってから、天羽のいる演劇部に突如入部してきた変わり種だ。そして、その翌日からさっそく一年生に混じってそれはもう熱心に練習に励み、体力づくりのためのトレーニングにも日々余念がない様子だった。  けれど、新部長である雫石(しずくいし)率いる天羽たち二年生にしてみれば、正直またか、という冷ややかな心境だった。毎年、この手の輩は一定数存在する。彼らはみな、一様に熱に浮かされたように感銘を受けた舞台や役者について滔々と語り、いずれは自分もあんなふうになりたいと目を輝かせながら切望する。  志岐もまた例外ではなく、何でも初めて観た舞台に衝撃を受け、いつか自分も同じ舞台に立てる役者になりたいなどという動機を入部に際して話していた記憶がある。だが、演劇界の実状を知る天羽からすれば、それこそ寝言は寝て言えのレベルであり、むしろ受験を来年に控えたこんな時期にご苦労さんなこった、と皮肉のひとつでも投げつけてやりたい気分だった。  ……そう、天羽とて最初は思っていたのだ。願わくば演劇をずっと続けていきたいと。役者を日々の生計(たつき)とできるならばどんなにかいいだろうと。  だが、残酷なことに、それが叶うのはひと握りの才能に満ちあふれた人間だけだ。そこにはどんなに努力しても超えられない厳然たる高い壁があり、運よくその障壁を乗り越えられたとしても、今度はさらなる熾烈(しれつ)な生存競争が待ち受けている。
/213ページ

最初のコメントを投稿しよう!

364人が本棚に入れています
本棚に追加