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だから、その現実に気付いた人間はどこかで折り合いをつけてここから去っていく。それでも演劇に携わりたいと劇団スタッフの狭き門を叩くものもいれば、天羽のように、あくまで演劇は高校までと割り切って、その後はまったく関わりのない無難で安定した生活を得るための道を進むものもいる。
……そうだ。誰だって、届かないと分かっているものに手を伸ばし続けるのはつらい。そのつらさから逃げ出すことのいったい何が悪いと、胸を苛む劣等感や罪悪感を押し殺しながら生きることにも、ようやく少しずつ慣れてきたところだった。
「……天羽……?」
──……それなのに、よりにもよってどうしておまえみたいなやつが今、それを口にするんだ──。
「……え、なに、どうしたの? どこか痛い?」
堪える間もなく次々と頬を転がり落ちる涙に声をもらすと、月から視線を剥がした志岐が驚いたように顔を覗きこんでくる。……何だよ、どこか痛いって子どもかよ。そう言い返してやりたいのに、嗚咽が喉に絡んで言葉にならなかった。
「……ちょっとここで待ってて」
しばし困惑したような沈黙のあと、何やら慌てふためいた様子で志岐が校内に引き返していく。ややあって、白い息を吐きながら戻ってきた彼の手には、見覚えのある炭酸飲料のペットボトルが二本握られていた。
「──はい」
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