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ひとつを差し出され、何気なく受け取ったもののその冷たさに胴震いがする。「……こういうときはむしろ温かいものとかじゃないのか?」とお礼を言うのも忘れて思わず突っこむと、目を冷やすのにもちょうどいいかと思って、と焦ったように返され、彼がそんな気遣いができる人間であることに大いに驚いた。
「……ありがとう。あ、代金──……」
「え、ああ、いいよ。おごりとお詫び。……何だかよく分からないけど、俺が泣かせちゃったみたいだし」
いや、と理由を答えあぐねているうちに、座ろうかとそばにあったベンチを示される。距離感を測りかねて、結局あいだひとり分だけ置いて落ち着くと、先にペットボトルのふたを開けた志岐が中身を呷ってから白い息を吐き出す。
「……さっきのあれ、有名なロックミュージシャンが遺した言葉なんだって。俺の父方の伯母が職業柄、そういうのにやたら詳しくてさ。いろいろ聞かされているうちに何となく覚えちゃったんだよな」
つられて、ふだんはめったに飲まない炭酸飲料にそっと口を付けると、炭酸のぴりぴりした刺激と、それ以上に胸やけしそうな人工的な甘さが喉を通り抜けていく。
「……ふうん。ちなみに、伯母さんって何してるひと?」
「んー、何だろ。ライター……いや、文筆業? まあ、そんな感じ」
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