364人が本棚に入れています
本棚に追加
と、ふいに艶めいたかすれ声に名前を呼ばれて振り向くと、果たしてそこには待ちびとである男が息を切らせながら立っていた。よほど急いで出てきたのだろう。その取るものもとりあえずといった風情の男に向き直ると、天羽は改めて笑顔で初対面の挨拶を述べた。
「──はい。初めまして。天羽です。先程は驚かせてしまったようですみません。あなたの連絡先が分からなかったので、申し訳ないとは思ったんですが志岐のスマホを拝借しました。志岐とは高校の演劇部時代からの友人で、今日は彼から飲みに誘われたので同席させていただいた次第です。烏丸さん──ですよね。志岐からお噂はかねがね」
「噂、ね。と言っても、どうせ悪口しか聞いてないんだろうが」
ひと癖ありそうな口許が嘲るように歪んで、ああ、これがそうかと、さっきまで志岐がぼやいていた言葉の真意を知る。舞台ではすでに何度も彼の演技を鑑賞しているが、実際、こうやって間近で対面してみると、均整の取れた長身と相まってやけに威圧感を覚える相手だった。
……もっとも、今夜に限っては、そのひどく苛立たしげな口調は単なる皮肉からきているだけのものではなさそうだけれど。
「ええ、さすがご自身のことはよくお分かりで。……特に今日はひどかったですよ。惚気とも愚痴とも付かないものを延々と聞かされました」
「そいつは悪かったな。きみのご要望通りすぐに連れて帰る。──ほら、帰るぞ、ひよっこ」
最初のコメントを投稿しよう!