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「おい! 邪魔だよ!」
僕は背中を軽く押されて、下駄箱の端でよろめいた。何も言わずに、去っていく男たち。同じクラスのやつらだ。
「今日も髪なげぇなぁ!」
教室で、たまに話しかけてきたと思えば、そんな言葉が、からかい交じりに飛んでくる、僕の容姿。別に校則違反じゃないし、いいじゃないか。
でも僕は、髪が長いからって、変な目で見られる。独りぼっちな僕に、味方はいない。いじめられてるわけじゃないけど、ほっとかれてもいない。
愉快な教室にできた、「しみ」。じめじめしたやつ。いるだけでクラスのステータスを下げてしまう異邦人。
タイルの上を、安いシューズの浅い溝を滑らせて進む。俯きっぱなしの僕の下校。今日は、雨が降っている。
タイルの切れたところから、雨が始まる。一階は校舎が切り抜かれ、広い玄関になっていて、そこを抜ければ校門がある。
他人みたいな校舎の下から、自分一人の傘の下へ移る。ぼたぼた落ちる、この雨粒よりも、人の目の方が、よっぽど重たい、今の僕には。
「おい……」
また僕は、「おい」で呼び止められる。でも、ちょっと、今度のは、お腹が鳴る音に似た、低い、こもった声だ。
「紺の傘をさしたお前」
右に視線をやる。
黄色い子供用の長靴、真っ白く、細い足、そして、明るい青のレインコートが、膝を隠して、上まで伸びると、腰から先は、黄色い傘が、深々と垂れて、覆い隠されている。傘坊主。小学生なのか? それにしては、声が、まるで、澱んでいて……。
「お前。白い傘の女を殺せ」
殺せ……。脅すような語気で、僕に命じられた言葉。僕の身体に塗り付けるように、簡単に落とせないように、強く押された印字。
「君は誰?」
「お前が、できなかったとき、僕の声をお前は最後に聞くことになる」
「だから、誰?」
「白い傘の女に話しかけろ」
子供は、右手を水平に上げた。その手の先を見ると、向こうの道端に、白い傘が、しゃがみ込んでいる。
子供はもういなかった。僕は不思議な、そしてかすかな変調を見たような気がした。日常が、少しズレた。僕と、僕でない何者かとの、並行線が交わる音――――「殺せ」。
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