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次の日の休み時間、席に座っているところへ、三人組の男子が話しかけてきた。
「おい! 昨日、篠沢と話してたんだってな」
「意外と、隅に置けないな!」
「まさかの女好きという」
「あいつは誰とでも寝るやつだからな。知ってるか? 父親ともやってるんだぜ」
ハハハハという笑い声を残して、彼らは去っていった。彼女とちょっと話しただけで、彼らには、面白いネタになるらしかった。
僕は彼女がなおのこと、気になった。偏見か事実かはともかく、こういう噂が知れ渡っている学校に、彼女の居場所があるわけがないと思った。大体の人間は、自分にも悪評の立つことを嫌がって、近づこうとしないし、そうなれば彼女に話しかけようとするのは、「やりたい」下心を持った男たちに限られるのだ。そうして、頼る先が細まって、孤立していく。彼女は、そういう状況にいるのかもしれないと思った。
その日も雨が降っていて、校舎の切れる手前で、傘を広げる。部活にも入ってない、僕の下校は、どこか寂しい。
「おい……」
また、呼び止められた。校門のそば。僕の右隣に、またしても、青いレインコートを着た、小さな子供が、佇んでいる。低い声が、僕の耳に透き通る。雨の音を巧みにかわし、その下を這わせ、確実に耳朶まで届けているかのように、はっきりと。
「昨日、なぜ殺さなかった」
「どうして殺さないといけないの」
僕は疑問を、そのままの形で投げた。少しの無言を挟んで、彼はこういった。
「救うためだ」
「彼女を?」
「いや……僕を」
自分を救うために、人を殺すというのは、一体どういうことなのか、わからなかった。
「……あいつは、ママだ。僕は、あいつから生まれる。あいつの若い腹から」
彼女から生まれる、子供。何を言っているのか、更にわからない。生まれたではなく、生まれるなのだ。ひどい妄想を、かたく信じ込んでいるのか……雨足が強まって、ぱちぱちぱち、と、地面に跳ねる、合唱が始まった。
「あいつは、高校を出ても、家から出られない。父親が、あいつを拘束している。父親が、あいつを孕ませる。あいつの父が、僕の父になる」
「まだ起こってもないことを、どうして予見できるの」
「あいつを殺せ。僕は不幸だ。僕は小学生になる。そして、三回目の運動会の日に、風呂場で殺される。大きな父の手で沈められて」
その子は、一気に語り終えると、昨日と同じ、落ち着いた動作で、右手を水平に上げた。見れば、その先には、しゃがみ込んだ白い傘がある。そしてもう、子供の姿はない。
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