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「あぁ、またあんたか……」
篠沢さんは、ちょっと振り返ると、再び白い傘へ戻った。今日は、少し、化粧の濃い気がした。多分、口紅が昨日より、赤いせいかもしれなかった。
「あの……、その」
「説教しにきたの?」
「そうじゃなくて……」
「童貞って、なんで普通に話せないんだろうね。あんたみたいにもじもじしたやつか、調子気取って口が止まんない、唾吐き高慢クソ野郎しかいない」
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉に反応したのか、また振り返る。僕を、怪訝そうに見つめる、薄い頬紅の上の眼。まばたきするときの、大きなまぶた。綺麗な二重。傘の先から、ぽたり落ちる露玉。
「あんた、なんで髪長いの?」
「それは……。僕、男の子になれないから」
「は?」
「体も細いし、力もないし、声も小さいし、男の子っぽくないって言われるから……」
「うわ、出たわ。ウザいやつ。自信がないとか知らないけどさ、それ逆に目立ってんじゃん。いいの?」
「別に……僕ひとりだし、何してもからかわれるだけだから」
「ふうーん」
彼女は少し目元を崩して、口角を上げた。悪だくみでも、思いついたかのようだった。
「ぼっち臭すごいね。で、カマホモなあんたは、わたしを見て同族だって思ってるわけね」
「違うよ……」
「まぁそれはいいけど。同族ならさ、わたしの代わりに稼いでくれない?」
「そういう稼ぎ方って、絶対に間違ってると思う。少なくとも、君のためにならないよ。普通の人と一緒のバイトをして、そうしたら学校でも居場所ができるかもしれないし」
「やっぱ説教じゃん」
「僕、ほっとけないんだ」
そのとき、彼女のスマホが鳴って、慌てたようにカバンから取り出した。光に照らされた顔が、冷たく、そして眉が下がり、暗い顔つきに変わっていた。スマホを戻すと、急いで篠沢さんは立ち上がった。
「あんたに付き合ってる暇なくなったわ」
「ついていっていい?」
「はぁ? なに?」
僕はまじめにそう言った。そんな態度が反感を食らうことは、想像できた。それでも、彼女を止めたかった。奇妙な意地が働いていた。
「仕事でしょ?」
「はぁ? 違うけど」
「なら、何?」
「家に帰るだけですけど。何か問題でも?」
「篠沢さんのお父さんは、こわい人なんでしょ?」
彼女の揺れる肩が止まり、僕を向いた。僕は思わず身構えた。
「どうして知ってるの?」
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