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雨の最終登校日
それからの一ヶ月弱は梅雨の時期で雨も多く、藤田が狙ったとおりにレンタル傘の稼働率はかなりのものになった。
時に落書き等で使い物にならない傘が出てきても、代わりに新品の傘を買って持ってきたり、使い回す傘もちゃんと晴れた日の昼休みに天日干しをしたりして、藤田は誠実に活動を続けた。
俺や鶴瀬が新品のビニール傘を何本か藤田へ寄付するようなこともあった。
傘の回収・整備・補充を毎日全て藤田がやっているものだから、レンタル傘の仕掛け人が藤田であるということは程なくして学校中の誰もが知るところとなっていた。
そして藤田の最終登校日。
帰りのホームルームではささやかなお別れ会が執り行われ、その中で学級委員長の鶴瀬から藤田へ一本のビニール傘が手渡された。
「これ、クラスの皆から藤田くんへ!広げてみて!」
恥ずかしそうに教壇に立つ藤田は言われるままにそっと傘を広げる。
透明なビニール傘はクラスメイトたちの寄せ書きでカラフルに彩られていた。
寄せ書きの内容としてはやはりレンタル傘活動に対する感謝の言葉が多い。
藤田は“本当にありがとう”と小さな声で言い、頭を深く下げた。
壇上でビニール傘を差したまま頭を下げる藤田の姿はどこかシュールで、拍手とともに教室は温かな笑いに包まれた。
その日の放課後、外では雨が降り出していた。
帰るために下駄箱へ向かった俺は、外で黒浜とその取り巻きに絡まれる藤田の姿を目にした。
藤田は黒浜たちに囲まれ、そのまま校舎裏へと連れて行かれる。
今まで何かといじめに近いようなことをしてきて最終登校日にまで絡んでくるとは、黒浜もたちが悪いなと俺は心の内で毒づきながら彼らの後を追い、その様子をうかがう。
「藤田ぁ。俺ら傘忘れちまってよぉ。傘貸してくれよ。レンタル傘くんなんだろ」
傘を要求する黒浜。
藤田は自分が差そうとしていた傘を黒浜に渡す。
「あ~。一本じゃ足らないんだなぁこれが。もう一本持ってるだろ。それも貸せよ」
藤田は手元のもう一本、クラスメイトのメッセージが詰まった傘を力強く握りしめる。
「たのむぜ藤田~。レンタル傘は大人気らしくてよぉ。レンタル箱にはもう一本も残ってないんだよなぁ」
黒浜は藤田に詰め寄り、その胸元から力尽くで傘をもぎ取って広げた。
「さんきゅ~藤田・・・・ってなんだこりゃ」
寄せ書きで彩られた傘を見て黒浜は面白そうに顔を歪める。
「うわうわ。レンタル傘くんだからってこれは調子乗りすぎだろ。こんなだっせぇ傘使えねぇっての」
黒浜は傘を足下に放り落とすと、それを思い切り踏み潰すべく足を振り上げた。
とっさに藤田は黒浜の足に飛びつき、傘を守ろうと必死にもがく。
黒浜は藤田を叩き付けるように足を振り回し、蹴り上げられた藤田の細い体はあっけなく振りほどかれて濡れたアスファルトの上に転がった。
そして今度こそ黒浜が足下の傘を踏み潰そうと、もう一度足を振り上げる。
俺は飛び出していた。
助走をつけた俺の跳び蹴りが黒浜の側面にぶち当たり、180cmはあろう黒浜の巨体が大きく横へよろめく。
「・・・・はぁ?なんだてめぇ」
足下の傘を畳み、それをうずくまる藤田の胸元へ収めている俺を黒浜が凄まじい形相で睨み付けてくる。
「お・・・・尾上くん・・・・だめだよ。・・・・逃げて」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした藤田が声を絞り出し、起き上がろうとする。
そんな藤田の肩を俺は優しく抑え、黒浜へと向き直る。
「藤田。傘のお礼に、人間関係で大切な事を教えてやるよ」
俺はしっかりと正面の黒浜を睨みつけたまま、背後の藤田に声をかける。
「それはな“頼ること”だ。レンタル傘の件で藤田が誰かを助けられる優しい奴だってのはわかった。でも優しかったり強かったりするだけじゃだめなんだ‥‥。時には誰かに助けを求めることが出来る。そういう“頼る勇気”ってのが以外と大事なんだぜ」
藤田は優しい。
でもその優しさだけで藤田が求める“人との繋がり”が十分にできるかと言えば、それも難しいと俺は思う。
助けられているだけではだめ。
自分も誰かを助けないと満足できない。
人間とはそういう難儀な生き物なのだ。
だからお互い助け合う、頼り合う必要がある。
「・・・・尾上くん」
掠れて、消え入りそうなほどに小さな声がする。
「なんだよ藤田」
それでも、その勇気ある藤田の一言は地面を激しく叩く雨音の中であっても、はっきりと俺の元へ深く響いた。
「助けて」
一瞬だけ振り向き藤田と目を合わせた俺は口角を思い切り上げて答える。
「了解」
俺は大きく息を吸い、両の拳に力を込め、襲い来る黒浜たちへと飛びかかった。
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