仕掛け人

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仕掛け人

 次の日の昼休み、俺は担任から頼まれた教室のゴミ捨てのために校舎裏へ行き、そこでビニール傘を天日干ししている藤田を見かけた。  そのビニール傘を見て、俺は昨日の放課後に借りたレンタル傘なるものをもって来忘れたことに気がついた。  見れば、ベンチに腰掛けた藤田の前には三本もビニール傘が干されていて、脇には畳まれたビニール傘も四本ほど転がっている。  これはもしかして、いやもしかしなくても、レンタル傘の仕掛け人は藤田だったのだと思い至った俺は、返却し忘れた傘の謝罪も兼ねて藤田に話しかけることにした。 「よう。藤田何してんの」  背後から声をかけられた藤田はびくりとして振り返った。  第一ボタンまできっちりと閉めた学ランと黒縁眼鏡がいかにも真面目な生徒という印象を与える。  そして昼飯の最中だったのか、菓子パンをくわえていた。 「あぁ、食事中に悪い。・・・・レンタル傘って藤田がやってくれてたのか」  俺は藤田の横に腰を下ろしながら単刀直入に質問した。  菓子パンを飲み込んだ藤田は質問に答える。 「うん。僕がやってる」 「あ、やっぱり。いや~、昨日は助かったよ。でもすまん。借りた傘持って来忘れちまった」 「いいよ。そんな別に気にしなくても」  そっけなくありつつも、顔には軽く笑みを浮かべて藤田は言う。 「すまんな。明日はちゃんと持ってくるわ」  ‥‥会話が途切れる。  思えば藤田と会話するのも、もっと言ってしまえば声を聞くのも初めてかもしれなかったが、今こうして隣に座る藤田からは特に他人を遠ざけたり、会話を拒むような印象は受けなかった。  そこで俺は頭に浮かんだ素朴な疑問をそのまま投げかける。 「でもどうして傘のレンタルなんて始めたんだ?」  藤田は少し悩むようにして空を仰ぎながら、とつとつと語り始めた。 「どうしてだろう。なんて言うか、“反応”がほしかったんだ。僕が何かをして、それに対して他人が何かを思ってくれる、反応してくれる。そういう体験を無性にしたくなったから」 「・・・・反応か。普通に皆と会話するとかじゃ、ちょっと違うのか?今だって俺と普通に会話してるだろ」 「僕さ、周りに人が複数いる中で会話したくないし、できないんだ。なんか僕の発した言葉が周りの誰かに聞かれてて、何か変に思われてたらどうしようとか勝手に怖くなってさ。・・・・自意識過剰だよね。病気かな」 「・・・・いや、なんとなくわかる気がするけどなその感じ。別に病気じゃねぇだろ」  俺がそう言うと藤田は少し驚いたようにこちらを見て、またすぐに空の方へ顔を向けた。 「でもこのレンタル傘だったら別に誰かと直接話したりしなくても、僕が設置したレンタル傘を通して誰かが助かったり、喜んだりしてくれたりしてさ、“僕が世界と繋がっている”ってことが実感できてさ。単純に嬉しいんだ」  おそらく、藤田は傘がレンタルされていく様をじっとどこかから見ていたのだろう。  藤田はやおら立ち上がると、そばに畳んで置いてあったビニール傘を四本持ってきて、一本ずつ広げていった。  四本にはどれも透明なビニールの上に大きな字で落書きがされていた。  一本目には“うんこ”という三文字が傘の八面あるうちの三面を使って書かれていた。 「・・・・小学生かよ」  二本目には八面全てにそれぞれ“特うまプルコギ”という文字が書かれていた。 「いやまぁピザハットリの特うまプルコギは美味しいし、俺も好きだけどさ・・・・」  三本目には校内一のお似合いカップルと名高い男女一組の名前が書かれていた。 「リアルに相合い傘マークを再現した・・・・のか?」  そして最後の四本目には五つの面を使って大きく書かれた“ありがとう”の文字。 「ありがとうって・・・・感謝するのはいいけど、これじゃこの傘もう使えねぇだろ」  そしてよく見ると“ありがとう”の最後に“by 鶴瀬七海”という文字がハートマークとともに添えられている。 「・・・・あの馬鹿」  四本それぞれの落書きに対する俺のぼやきを聞きながら、藤田は顔をほころばせていた。 「嬉しそうだな。ムカつかないの?」  俺の質問に対し、藤田は落書き付きの四本をそれぞれ丁寧に畳みながら答える。 「これも全部“反応”だから。・・・・今更だけどさ、僕がこの学校にいたっていう証拠というか、思い出になるからさ」 「証拠って・・・・そうだ、藤田お前転校しちまうって聞いたんだけど」  傘を畳み終えた藤田は俺の隣へまた腰を下ろし、少し間を置いてから言う。 「うん。今月いっぱいで転校になるんだ。残り一ヶ月弱しか無いけど、ちょうど今は梅雨の時期だし、レンタル傘を使ってもらえる機会は多いと思うんだ」 「そっか。・・・・いやまぁ良いと思うよレンタル傘!最高に助かる人多いぜ。実際、俺昨日は凄い助かったし!」  藤田は小っ恥ずかしそうに頬をかきながら言う。 「・・・・ありがとう尾上くん」 「こっちの台詞だって。じゃあ頑張れよ藤田」    俺は担任に頼まれていた別の用事を思い出し、先に教室の方へ帰ることにした。  帰り際、俺と入れ違うようにして藤田の元へ向かっていく男子生徒が五人。  学年は俺の一つ上で三年生、校内でも悪名高いヤンキーというか問題児である黒浜が率いる悪ガキ集団だ。  俺は校舎の陰から様子をうかがう。 「藤田くん~。何やってんの~?てか傘ありすぎだろ。ウケるわ」  黒浜たちは藤田に詰め寄り、藤田が特に何も言わず愛想笑いしかしないのを良いことに、なんやかんやと藤田をからかい遊んでいた。  綺麗に畳まれた藤田のレンタル傘を乱雑に広げ、その落書きを見た黒浜たちのゲラゲラという下品な笑い声が校舎裏に響く。  ひとしきり藤田をからかい、満足した様子の黒浜たちは藤田が持っていた菓子パンをいくつか取り上げてその場を去っていった。
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