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「……こっちは流石に居留守を使うってことはないだろうからなあ。芽生ちゃんも清さんも本当に家にいない、でも、学校にも行っていない」
自分は考え事をしている状態だったし、先輩は道案内をしていて、芽生が今日は挨拶をする気分じゃなくて、こっそりと行ってしまった可能性も、無きにしも非ず……とした所で、翼は腕を組みます。
「思えば、今まで一度もちゃんと清さんと芽生ちゃんに御家族の話は、聞いた事がないんだよなあ……」
"芽生ちゃんのおとうさんとお母さんは、どうしたのですか?"
頭の中では簡単に思い浮かべる事の出来る質問なのですが、まだ一度も言葉に出した事はありませんでした。
「交番の資料には、祖父の清さんと芽生ちゃんの2人暮らしというぐらいの情報しかないし……」
尋ねてみようと考えた事がなかったわけではありませんが、昨今の世間では個人情報の云々で煩いのと、"おまわりさん"であることから、そういった事に更に慎重になるべきなのだという常識が翼の頭の中に居座っています。
ただ常識という縛りもあるのですが、翼が何よりそこに踏み込めないのは、何にしても芽生の両親の事を尋ねたのなら、芽生が傷ついてしまわないかという事を危惧していた上でした。
「……お父さんとお母さんと暮らせないから、お祖父ちゃんの所に居るんだろうしなあ」
不思議と姪の両親が不慮の事故にでもあって、急逝した為に祖父が引き取ったという可能性は翼の中にはありませんでした。
もしそうだとしたなら、清さんの性格からして、芽生がその場にいたなら伝える事を憚って、孫娘が学校に行っている間にでも、さり気なく話してくれそうな気もします。
何より初対面の時は、両親を何らかの事情があって暮らせなくなる哀しみよりも、祖父のズボンに小さな指で深くシワを刻み込む程の、不安を少女がその小さな身体に抱え込んでいたのを思い出した時、マナーモードにしていたスマホが揺れて、慌てて取り出しました。
見た事がない番号が、表示されていたのにも関わらず、嫌な予感程良く当たるという格言が頭を過りましたが、止まる様子はないので覚悟を決めて通話ボタンを押しました。
『"Buongiorno"~つばさっち!、あっ、もう時間的にCiaoの方がいいのかな?』
「……Arrivederci(さようならだ)」
予想を裏切らない、朝からどっきりさせられっぱなしのイタリア語交じりの声に、学生時代に一時嵌った漫画で唯一覚えたイタリア語で思わず答えた翼となりました。
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