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* * *
「へーぇ? 後悔ね。
できるものなら、させてみせてよ」
俺は人狼青年との距離を測りながら言った。
……コイツ、何処から出てきた?
いや、待ち伏せされていたのは分かるけど、
全然……気付かなかった。
まさか、速くて見えなかったとか?
「……まあいいや。
いざとなったら、その身体、殺してから貰えばいいし」
「僕の身体はバンさんのものです。
あなたにはあげません」
「はァアア?
お前の意見なんか聞いてねーーーから!」
腕を振るい、剣先で彼の足を狙う。
それを青年は軽々と飛んで避けた。
間抜けめ。
飛んでしまったら、もう避けようがないのに。
俺は、元処刑官が懐に入ってくるのを嫌って、
剣を蛇のようにうねらせ空中の青年を狙った。
瞬間、ズシリと重い衝撃が手に走る。
青年が俺の斬撃を弾いたのだ。
「このっ……!」
人狼青年は着地と同時に地を蹴って、こちらに飛び掛かってくる。
そうはさせるかと剣を振るが、
その悉くを的確に防がれてしまった。
優れた動体視力。いやいや、訓練の賜物?
どっちしても、知れず口元に笑みが浮かぶ。
いいね。いい。……凄ーくいい。
「ますます欲しくなっちゃった。
絶対に欲しいよ、その身体!」
俺は一旦、距離を取ると腕を振って伸張した剣をしならせる。
このまま進むのは危険だと感じたのか、
彼もまたこちらから距離を離した。
それでいい。
後ろには落とし穴がぱっくりと口を開けているのだ。
そこへ、落としてしまえれば――
「……っ!」
しかし、あと一撃というところで、引こうとした剣を踏みつけられた。
力を込めてもビクともしない。
見れば、彼の足がオオカミのそれになっていて、
鉤爪が石畳にめり込んでいる。
マズい、と思ったのと、
グンッと青年が間近に迫ったのは同時だった。
彼は踏みつけた剣を掴んで、俺を引っ張ったのだ。
「捕まえましたよ」
「くっ……!」
俺は武器を手放すと、床を転がった。
次の瞬間、青年と正反対から振り下ろされた殺気が床を粉砕する。
元処刑官の男だ。
「チッ……!」
舌打ちと共に起き上がり、出来るだけ距離を稼いだ。
「ユリア」
「……はい!」
ふたりが一斉に動く。
「ちょっ……」
体勢を整える暇もない、追撃の応酬。
紙一重で青年の一撃をかわせば、
鈍器のような大剣に脇腹の骨を砕かれた。
「ガハッ……!」
横倒しになって、床を滑る。
そんな俺に、ふたりは容赦がなかった。
大振りされる大剣を避ければ、
刺し貫かれる。
細身の剣をかわせば、
鎧ごと骨を砕かれる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
形勢逆転なんて甘ったるいもんじゃない。
これは虐待だ。
「ちょ、待ってよ……2人がかりでなんて、ズルくない!?
こんな、たったひとりを寄ってたかって虐めるなんて、
お前らに慈悲の心はないのかよ!
ってーか、俺、今、丸腰なんだけど!?」
無視された。
「ぐえっ!」
大剣をもろに喰らって、吹っ飛ばされる。
ふたりの連携が頭にくるほど機能している。
目も身体も、追いつかない。
もう鎧の中はぐちゃぐちゃだ。
「うぇっ、ちょっ……っ、
ふぐぅっ……!」
ウソだろ。俺、負けるのか?
こんな、この間まで地面に蹲ってることしかできなかったやつに?殺される?
くそ! くそくそくそくそ!
っていうか、俺のナカマは何処いった!?
もしかして7月が追いついてきてるのか?
アイツまで加わったら、もう、絶対に勝てない。
勝てないというか、生きて逃げることすら不可能だ。
詰んだ。ダメだコレ。
「は、ぁ、はぁ、はぁ……
や、やだ……死にたくない……」
俺は口元の血泡を籠手で拭った。
死ぬ……このままだと、死ぬ……マジで殺される。
何かないか? 何か。……何か!
「祈りの時間なんてあげません。
――地獄の業火に焼かれて、悔い改めろ」
足が動かない。
気が付けば、俺は血溜まりの中に座り込んでいた。
呆然と突きつけられた銀の刃を見上げる。
「ぅ、あっ……
やだ、やだやだ、やめてくれ……!」
「そう言って命乞いをした人たちを、
あなたが殺して来たんじゃないですか」
眉根を寄せて、青年は剣を振りかぶった。
「もうしない! 許してよ! 悪かった!
反省する!! だから――」
言葉が途中で、ひゅぅっと空気の抜けたような音に変わり、
視界が宙を舞った。
あー……首、斬られちゃったか。
自分の身体だったものが、
ゆっくりと傾くのを俺は見た。
しかも、青年は容赦の無いことに、
返す手で俺の胸まで突き刺した。
なんて周到なんだろう。
ヤバイ。これは本格的にヤバイぞ。
この感じ、コイツラは俺を太陽の光に当てて灰にするだろう。
それが確実だからだ。
死ぬ。死ぬのか。
ついに、俺は。
ゴロンと頭が床を転がった。
銀糸の髪が赤く濡れる。
青年が近づいてくる気配。
その時、俺は、顔面蒼白でコチラを凝視する大きな瞳に気付いた。
距離は1メートルもないだろうか。
考えるよりも、体が動いていた。
俺は、《ジルベールの口をこじ開けると》飛び出した。
「え――?」
ガキが俺を視認したけど、もう遅い。
* * *
「お、わった……?」
僕は血の海に沈むジルベールさんの身体を見下ろして呻いた。
目の前に広がる凄惨な世界に、吐き気が込み上げてくる。
「ユリア、気を抜くな。
念のため、ヤツの身体を太陽の下に晒す」
ヴィンセントさんの言葉に、僕は頷いた。
「分かりました」
ジルベールさんの首に歩み寄る。
これから彼の遺体を銀の棺に収め、朝を待ち……それで、全てがおしまいだ。
「後は全て僕がやります。
ヴィンセントさんは休んでいてください」
「……そうさせて貰う」
ヴィンセントさんは、そう言うなり部屋の脇で座り込むセシルに向かった。
僕は彼から視線を逸らした。
1月を倒すということは、つまり、セシルを失うということだ。
すると、思いがけない声が聞こえてきた。
「セシル!?
お前、生きて――」
「え!?」
振り返った僕は、ヴィンセントさんが身体を強張らせるのを見た。
「うん……生きてたよ……。
まあ、お前は死ぬけど」
セシルが赤く濡れた手を引くと、ヴィンセントさんが膝から崩れ落ちる。
「ヴィンセントさん!?」
「……っとと。まだ死なないでよね。
お前の呪いなんて浴びたくないからさ」
「せ、セシル……? 一体、何を……?」
呆気に取られる僕の目の前で、セシルはヴィンセントさんを足蹴にした。
理解が追いつかない。
いや、理解を拒絶していると言った方が正しい。
「一瞬、この身体で逃げようかなって思ったんだけど、やめたよ。
だって、やられっぱなしって嫌じゃん?」
セシルが歪んだ笑みを浮かべる。
僕は奥歯を噛みしめると、手にしていた剣を再び構え直した。
「わぁっ、こわーい。
ユリアって、友達に剣を向けるの?」
「セシルから、出て行ってください!!」
「お断りしまァァァァァアアアすッ!」
絶句する。
ヤツはそんな僕を見て、口の端を引き伸ばして笑った。
「さあ……さっきの続きをしよう。
あっ、もちろん俺のことは遠慮なく切り刻んでくれて構わないよ。
……出来るなら、ね」
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