エピソード30 別れの詩(うた)

9/13
前へ
/228ページ
次へ
* * * 「へーぇ? 後悔ね。  できるものなら、させてみせてよ」  俺は人狼青年との距離を測りながら言った。  ……コイツ、何処から出てきた?  いや、待ち伏せされていたのは分かるけど、  全然……気付かなかった。  まさか、速くて見えなかったとか? 「……まあいいや。  いざとなったら、その身体、殺してから貰えばいいし」 「僕の身体はバンさんのものです。  あなたにはあげません」 「はァアア?  お前の意見なんか聞いてねーーーから!」  腕を振るい、剣先で彼の足を狙う。  それを青年は軽々と飛んで避けた。  間抜けめ。  飛んでしまったら、もう避けようがないのに。    俺は、元処刑官が懐に入ってくるのを嫌って、  剣を蛇のようにうねらせ空中の青年を狙った。  瞬間、ズシリと重い衝撃が手に走る。  青年が俺の斬撃を弾いたのだ。 「このっ……!」  人狼青年は着地と同時に地を蹴って、こちらに飛び掛かってくる。  そうはさせるかと剣を振るが、  その悉くを的確に防がれてしまった。  優れた動体視力。いやいや、訓練の賜物?  どっちしても、知れず口元に笑みが浮かぶ。  いいね。いい。……凄ーくいい。 「ますます欲しくなっちゃった。  絶対に欲しいよ、その身体!」    俺は一旦、距離を取ると腕を振って伸張した剣をしならせる。  このまま進むのは危険だと感じたのか、  彼もまたこちらから距離を離した。  それでいい。  後ろには落とし穴がぱっくりと口を開けているのだ。  そこへ、落としてしまえれば―― 「……っ!」  しかし、あと一撃というところで、引こうとした剣を踏みつけられた。  力を込めてもビクともしない。  見れば、彼の足がオオカミのそれになっていて、  鉤爪が石畳にめり込んでいる。  マズい、と思ったのと、  グンッと青年が間近に迫ったのは同時だった。  彼は踏みつけた剣を掴んで、俺を引っ張ったのだ。 「捕まえましたよ」 「くっ……!」  俺は武器を手放すと、床を転がった。  次の瞬間、青年と正反対から振り下ろされた殺気が床を粉砕する。  元処刑官の男だ。 「チッ……!」  舌打ちと共に起き上がり、出来るだけ距離を稼いだ。 「ユリア」 「……はい!」  ふたりが一斉に動く。 「ちょっ……」  体勢を整える暇もない、追撃の応酬。  紙一重で青年の一撃をかわせば、  鈍器のような大剣に脇腹の骨を砕かれた。 「ガハッ……!」  横倒しになって、床を滑る。  そんな俺に、ふたりは容赦がなかった。  大振りされる大剣を避ければ、  刺し貫かれる。  細身の剣をかわせば、  鎧ごと骨を砕かれる。   「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」  形勢逆転なんて甘ったるいもんじゃない。  これは虐待だ。 「ちょ、待ってよ……2人がかりでなんて、ズルくない!?  こんな、たったひとりを寄ってたかって虐めるなんて、  お前らに慈悲の心はないのかよ!  ってーか、俺、今、丸腰なんだけど!?」  無視された。 「ぐえっ!」  大剣をもろに喰らって、吹っ飛ばされる。  ふたりの連携が頭にくるほど機能している。  目も身体も、追いつかない。  もう鎧の中はぐちゃぐちゃだ。 「うぇっ、ちょっ……っ、  ふぐぅっ……!」  ウソだろ。俺、負けるのか?  こんな、この間まで地面に蹲ってることしかできなかったやつに?殺される?  くそ! くそくそくそくそ!  っていうか、俺のナカマは何処いった!?  もしかして7月が追いついてきてるのか?  アイツまで加わったら、もう、絶対に勝てない。  勝てないというか、生きて逃げることすら不可能だ。  詰んだ。ダメだコレ。 「は、ぁ、はぁ、はぁ……  や、やだ……死にたくない……」  俺は口元の血泡を籠手で拭った。  死ぬ……このままだと、死ぬ……マジで殺される。  何かないか? 何か。……何か! 「祈りの時間なんてあげません。  ――地獄の業火に焼かれて、悔い改めろ」  足が動かない。  気が付けば、俺は血溜まりの中に座り込んでいた。  呆然と突きつけられた銀の刃を見上げる。 「ぅ、あっ……  やだ、やだやだ、やめてくれ……!」 「そう言って命乞いをした人たちを、  あなたが殺して来たんじゃないですか」  眉根を寄せて、青年は剣を振りかぶった。 「もうしない! 許してよ! 悪かった!  反省する!! だから――」  言葉が途中で、ひゅぅっと空気の抜けたような音に変わり、  視界が宙を舞った。  あー……首、斬られちゃったか。  自分の身体だったものが、  ゆっくりと傾くのを俺は見た。  しかも、青年は容赦の無いことに、  返す手で俺の胸まで突き刺した。  なんて周到なんだろう。  ヤバイ。これは本格的にヤバイぞ。  この感じ、コイツラは俺を太陽の光に当てて灰にするだろう。  それが確実だからだ。  死ぬ。死ぬのか。  ついに、俺は。  ゴロンと頭が床を転がった。  銀糸の髪が赤く濡れる。  青年が近づいてくる気配。  その時、俺は、顔面蒼白でコチラを凝視する大きな瞳に気付いた。  距離は1メートルもないだろうか。  考えるよりも、体が動いていた。  俺は、《ジルベールの口をこじ開けると》飛び出した。 「え――?」  ガキが俺を視認したけど、もう遅い。 * * * 「お、わった……?」  僕は血の海に沈むジルベールさんの身体を見下ろして呻いた。  目の前に広がる凄惨な世界に、吐き気が込み上げてくる。 「ユリア、気を抜くな。  念のため、ヤツの身体を太陽の下に晒す」  ヴィンセントさんの言葉に、僕は頷いた。 「分かりました」  ジルベールさんの首に歩み寄る。  これから彼の遺体を銀の棺に収め、朝を待ち……それで、全てがおしまいだ。 「後は全て僕がやります。  ヴィンセントさんは休んでいてください」 「……そうさせて貰う」  ヴィンセントさんは、そう言うなり部屋の脇で座り込むセシルに向かった。  僕は彼から視線を逸らした。  1月を倒すということは、つまり、セシルを失うということだ。  すると、思いがけない声が聞こえてきた。 「セシル!?  お前、生きて――」 「え!?」  振り返った僕は、ヴィンセントさんが身体を強張らせるのを見た。 「うん……生きてたよ……。  まあ、お前は死ぬけど」  セシルが赤く濡れた手を引くと、ヴィンセントさんが膝から崩れ落ちる。 「ヴィンセントさん!?」 「……っとと。まだ死なないでよね。  お前の呪いなんて浴びたくないからさ」 「せ、セシル……? 一体、何を……?」  呆気に取られる僕の目の前で、セシルはヴィンセントさんを足蹴にした。  理解が追いつかない。  いや、理解を拒絶していると言った方が正しい。 「一瞬、この身体で逃げようかなって思ったんだけど、やめたよ。  だって、やられっぱなしって嫌じゃん?」  セシルが歪んだ笑みを浮かべる。  僕は奥歯を噛みしめると、手にしていた剣を再び構え直した。 「わぁっ、こわーい。  ユリアって、友達に剣を向けるの?」 「セシルから、出て行ってください!!」 「お断りしまァァァァァアアアすッ!」  絶句する。  ヤツはそんな僕を見て、口の端を引き伸ばして笑った。 「さあ……さっきの続きをしよう。  あっ、もちろん俺のことは遠慮なく切り刻んでくれて構わないよ。  ……出来るなら、ね」
/228ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2155人が本棚に入れています
本棚に追加