エピローグ 最果ての約束

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 愕然とするオレに、  ユリアは真剣な様子で頷いた。 「そうですね。そうなりますね」 「クビ……」  足から力が抜け、オレはガクリとソファに腰を下ろす。  思い至る理由が……あり過ぎる。  例えば、昨日の夜、虐めすぎたこととか。  でも、ユリアのヤツ、ヒンヒン泣きながら気持ち良さそうにしてたじゃねーか。  いや、そうオレが思っていただけで、  実際は違ったのかもしれない。 「なんで、今なんだよ……」  そして、そういった不満が積み重なっていた……とか? 「叔父さんを説得するのに時間がかかったんです。もう数ヶ月前から考えてました」 「数ヶ月……」  オレはまじまじとユリアを見つめてから、  目線を落とした。  ユリアに嫌われてるなんて、  これっぽっちも考えたことがなかった。  が、クビと言うからには、そういうことなのだろう。  そもそも、旅行に連れ出して、1月とのもろもろのきっかけを作ったのはオレだ。  彼につらい過去を何度も思い出させて泣かせたのもオレだ。  極め付けに、何も知らない純粋な坊ちゃんに、  エロいことを仕込んだ。  少し考えただけで、  クビになるには十分な理由がこれだけある。  今まで側にいられたのが、奇跡だったのだ。  ユリアは世間を知らないから、オレなんかに入れ込んでしまったが…  オレは生まれも育ちも最底辺、  少し冷静になれば恋人として相応しくないのはわかることだ。  だから、オレはこの関係に終わりがくると知っていた。  ただちょっと、思っていたタイミングじゃなかっただけで。  ……いや、違う。  ずっとこの関係が続けばいいと……オレは身の程知らずにも思ってしまっていた。 「あの、さ。クビにしようと思ったきっかけ、っつーか、理由っつーか……  その辺、聞きたいんだけど」  理由なんて聞いてどうするんだろう。  イヤな部分があるなら直すとでも言って、すがりつくつもりなのだろうか?  なんだか笑いたくなってくる。  ユリアのことになると、オレはどこまでも情けない男になれるらしい。 「理由……」  ユリアは目を伏せた。  それから、組んだ手をギュッと握りしめてから口を開いた。 「……結婚、しようと思ったからです」 「……」  ガラガラと日常が音を立てて崩れ落ちていくような感覚。  ハルに見合い話でもされたのか?  それなら、仕方ない。オレはここにいたらダメだ。  1月を倒した今、もうユリアに懸念はなく、  大手を奮って、良いところのお嬢さん(?)を嫁を迎えられるわけだし。 「……幸せになれよ、ユリア」  オレは無理やり口の端を持ち上げた。  ユリアのことが好きだ。  だから、オレは潔く身を引こう。  これだけ良くして貰ったんだ。クビになったって、感謝こそあれ、文句なんてない。 「バンさん?」  ユリアが訝しげにする。  オレは彼から目を逸らし、努めて明るい声で言った。 「明日には荷物まとめて出てくよ。  ああ、今日の仕事はちゃんとするから心配いらねえから」 「え、何を言って……」 「あ! っていうか、この場合、オレ、お前に心臓返さねぇとまずいよな!?  はは。悪い、悪い。そんな心配すんなって!  ちゃんと返すから」 「あの、バンさん」 「にしても、お前が家族持とうなんて、オレ、感動したよ。  本当男前になったな。  優しいだけの坊ちゃんが、こんな逞しくなっちまって……  大丈夫だ。お前なら幸せになれる。  嫁さん大事にしてやれよな!」  一息に告げ、オレはソファを立った。 「じゃあ。一度、部屋に戻るわ。  荷物とか処分しねーと」 「冗談ですよね?」  固い声が耳に届く。  オレは背を向けたまま、乾いた笑いを落とした。 「冗談でンなこと言えるかよ」 「本気で怒りますよ」  痛いほど肩を掴まれ、振り向かせられる。  ハッと見上げたユリアの顔は、かなり怒っていた。 「なんで、出て行こうとしてるんですか」 「いや、お前結婚するんだろ?  オレがいるわけにはいかねーって。  それとも愛人として囲うつもーー」 「僕が結婚する相手は、あなたですよ!!」 「え……」  耳の奥がキーンとなるほど、  ユリアが大きな声で言った。  なんて言った?  ボクガケッコンスルアイテハ、  アナタデス――? 「お、オレ……!?」
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