二 自供

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二 自供

 磯貝レイと加瀬冬彦を先に帰らせてから、吉嶺は市子にお茶をだした。それを一口飲んで、市子は落ち着きをとりもどした。 「わたしが言う赤い公園とは、自宅近くの……公園なんです。わたしの両親は早くに離婚して、母は一人でわたしを育てました。父とはまったく音信不通です。もう亡くなっているのかも……。母が自殺したのは、去年のことで、場所はその公園でした」  母親の名、倉本美佐。去年に自殺。  父親の名、後藤宗一。  吉嶺はメモにそう書き込んだ。  市子は続けた。 「勤め先の商社へはバスと電車で片道一時間ほどです。バス停でおりて、自宅までのあいだに、中央公園という広い公園があります。そこには芝生で整備されたグランドがあって、グランドから離れた場所には丘のように造った場所もあります。そこは巨石を配置したロックガーデンになっていて、イギリスのストーンヘンジを小さくしたような印象なんです。それから道路からのぞける位置には、チビッコ広場と呼ばれる砂場やブランコがあるスペースがあります」 「ずいぶん大きな公園ですね」 「はい、小学校のグランドよりも広いんです……」  そのチビッコ広場のすべり台で、倉本美佐は首をつっていた。  去年の七月二十日のことだった。 「ご自宅は一戸建てですか?」 「はい」  吉嶺は内心で首をかしげた。  なぜ倉本美佐は自殺するのに、公園へ出たのだろう。 「発見したのは、わたしです。家へ帰る途中でした」  市子は涙ぐんだ。 「去年のことなのに、きのうのことのように、覚えています。……ちょうどそのころ公園は工事中で、遊ぶ人はいなかったし工事作業員も仕事が終わったらしくて、だれもいませんでした。完全な無人状態だったんです。……もしだれかがいたら、きっと母は、自殺なんかしなかった。……夕日をあびて公園の遊具は毒々しいほどの赤に染まっていました。真新しいブランコ、滑り台、シーソー、それからジャングルジム。砂場を縁取っている枕木さえも、赤いペンキがぬりたくられているように、みんな真っ赤でした。本当はそんな色じゃないのに、わたしの目には真っ赤に燃え盛っているように見えたんです。……その中で、すべり台のハシゴ段の上のところから、ヒモでぶらさがっていた母の身体が、ゆれていたんです」  一呼吸おいて、市子は続けた。 「それ以来、わたし……赤い色が、こわいんです。でも、通勤途中の公園ですから、毎日そこを目にしないわけにはゆきません。だから、できるだけ目を伏せて、わたしはその公園の前を通り過ぎるようにしていました」 「その道を通らないわけにはゆかないのですか? 遠回りになっても、ストレスになるような場所は避けたほうがいい」 「レイが言うには」  再び支離滅裂になりそうだった。それに気づいて、市子は言葉をつなぎなおした。 「さっきまで一緒だったレイは、近所の幼馴染なんです……」 「むかしからいい友だちだったんですね?」 「小学校、中学校と一緒でしたけど、あまり親しくはなかったんです。高校も違ってましたし。でも、同じ職場になったうえに、わたしの母があんな亡くなりかたをして、わたしをかわいそうに思ってくれたんだと思います。……彼女はわたしを心配して、わざわざ退社時間を調整して、一緒に帰ってくれるようになったんです。レイが言うには、怖い思い出を乗り越えるためにも、公園の前の通りを通った方がいいって。強い人間になるために、つきそってあげるって言うんです」 「で、あなたは磯貝レイさんの意見をいれて、一緒にその忌まわしい公園の前を毎日通っている?」 「はい」 「一緒にいた会長秘書の加瀬冬彦さんとも親しいのですか?」 「とても、親切な人です」 「磯貝さんと加瀬さんは付き合っている?」 「レイははっきりとは、そう言いませんけど、たぶん……」  市子の目がうつろに暗くなった。  親友と付き合っている青年に、ほのかな恋心をいだいているのかもしれない。 「倉本美佐さんのファイルが、これですよ」  吉嶺は青い背表紙の薄いファイルをめくった。 「去年の七月二十日、中央公園が完成する三日前のことですね。……自殺者は倉本美佐。発見者は娘の倉本市子。帰宅途中、母親がそこで亡くなっていたのをたまたま発見した。……お気の毒に。さぞ驚かれたでしょう」 「……いまでも、夢で……見ます」  再び市子はハンカチを目にやった。母の自殺以来、この娘は笑顔を浮かべたことすらないのではないか、と吉嶺は考えた。 「それで、あなたは殺人を思い出した、というのですね?」 「はい」  お茶をもう一口飲むと、市子は深呼吸した。全身がかすかに震えていた。 「今日の夕べです。……日が暮れてだれもいなくなり、砂場に夕焼けの色が投げかけられて、赤い遊具はいっせいに別の生き物のように息づいていました。あのときと同じ、赤い公園が再現されていたんです。……そのときわたし、思ったんです」  わたしは、ここで、人を殺した……。
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