雨の日の雑貨屋

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「おや、その石は…」 店主の呟きで、私は追想から引き戻された。顔を上げると、声を上げた店主は驚いたような顔をしている。 「これが、どうかしましたか?」 手の中の石と店主とを見比べて問えば、彼はカウンターの奥からこちらへ向かって歩いてきた。 「ああ、やはりこれだ。…いつだったか、この石を店に置いてほしいと、いらした方に頼まれたことがあったのですが、“石”は扱わないことにしているのでね、お断りしたんですよ。」 不思議がるような口調だったが、断ったと言った割には、声音に棘がなかった。その人は大層残念がったが、石は持ち帰ったはずで、その後で店で見かけた覚えもないと、店主は続けた。 石には力がある。自然のなかであるがままに力を示す石もあれば、環境や人を選ぶものもある。奇妙な縁だと思いながら手のひらの石を握りこんだ。赤い透き通った固い石。それしかわからない。 「…その子も石ですから、きっとあなたに見つけて欲しかったのでしょう。良ければ連れて帰ってあげてください。」 店主は慈しむように、なんとも古物商らしい言い回しをした。古いものも新しいものも、きっと彼にとっては例外なく大切なのだろう。幼い頃にぬいぐるみに名前をつけて可愛がったのを、なんとなく思い出した。 「もちろん、お代は要りませんよ。なんせ売り物ではないですから。」 石を片手に黙りこむ私に、店主はそう言って茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。白髪混じりのその年にはなんだか似合わない仕草に、ついさっきの不気味な出来事で強ばっていた体からふっと力が抜ける気がした。 「じゃあ、お言葉に甘えようかな。」 「ええ、ぜひ。」 窓の外からは相変わらず夕日が射している。好意に甘えるばかりで申し訳ないが、日が暮れる前には帰らないと行けない。 「雨も上がったし、もう行きます。すみません、お邪魔をしました。」 「いいえ、またどうぞ。」 来たときと同じようにウィンドチャイムを鳴らして店を出た。外はすっかり晴れている。澄んだ紅の色が、今しがた手に入れた石のようだと思う。宝石みたいなその空に、千切れた綿菓子みたいな雲が浮いている。握ったままだった石を、ひとまずポケットへ詰め込んだ。さっきの白昼夢はこの石の見せたものだろうか?だとしたら力の強い石かもしれない。見せられた幻の内容からして、厄介なもののような気もする。でもまぁいいか、と私は紅に染まった空気を吸った。そんなことどうでもよくなるくらいには、空が綺麗だったので。 美しい空の下を歩いて家へ帰る。そしていつも通りに1日が終わる。そんなありふれた夕方だった。
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