雨の日の雑貨屋

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雨の日の雑貨屋

雨が降っている。規則正しく並んだ赤茶色の煉瓦がしっとりと濡れて、パチパチと小さな稲妻に似た光を所々で溢していた。ありふれた雨の日だ。 職場の玄関口、帰宅の邪魔をする鬱陶しい雨粒を恨めしげに見ながら、私は手の中のつるりとした感触を玩ぶ。 「あ、茉日留!今終わり?」 「明佳里じゃん。」 建物の外へ出ようとする私と反対に、知った顔がこちらへ駆け込んできた。彼女は同期の友人で、黒川明佳里という。彼女が頭上へさしかけていた花びらを集めたようなデザインの雨避けは、持ち主が屋根の下へ入るのと同時ににゅうっと縮んで、つるりとした卵形の透明な石として彼女の手のひらへ収まった。わたしが持っているのと、同じ石だ。 「そうだよ。終わり。」 問いかけに私が答えると、彼女は羨ましそうに眉を下げた。 「いいなぁ。」 「明佳里だって昨日の終業はわたしより早かったでしょ。」 「まぁね。」 同期とはいえ部署が違うので、帰宅時間はお互いにまちまちだ。 他愛ない言葉を交わしつつ、私の今出てきた、明佳里の入っていこうとする建物を振り返った。 大時計塔。通称、おばけ時計。 この世の時計塔の大半がそうであるように、これも研究機関である。 「あ、いけない。休憩終わる。」 「はいはい頑張ってね。」 「冷たいなぁ…こっちは忙しいのに。そうだ明日ランチ行こ。」 確かに、ここ数日彼女の部署はとても忙しそうだった。他部署の私には、どうして忙しいのかはさっぱりわからないけれど、なにか有用な発見でもあったのだろうか。 「行けるの?忙しいのに。」 「行ける。」 「じゃあ行く。」 私の返事にぱっと顔を明るくして、明佳里は忙しなく手を振った。 「じゃあね!」 そのまま、おばけ時計に駆け込んでいく。行く先は依然として雨。雨はなにかと面倒くさい。雨避けをさして歩かないと濡れてしまうというのも、その面倒のうちのひとつ。ため息をついたら、ちょうど、おばけ時計の鐘が鳴った。 ボーン…ボーン… 大きな鐘の重い音。空の上を滑るように響いて町中に音を響かせる。鐘はちゃんと規定通りの5回で、私は少し安堵する。一応管理者のひとりなので、毎日間違いのないように鳴って欲しいのだけれど、おばけ時計はたまに嘘をつく。ひとつふたつ、鐘の音が多かったり少なかったりする。人間が鳴らしているわけでなく、魔力穴の上のばかでかい時計石の作用を使って鳴らしているので、ミスという訳ではない。原因は今のところ不明だ。時計石の機嫌じゃないかと誠しやかに言われているけれど、もちろんそんなことはないはずなのだ。
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