雨の日の雑貨屋

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たまに嘘なんかつくから、おばけ時計なんて呼ばれるんだよなぁ、と思いつつ、私は卵形の変化石を持った掌を上へ向けた。石へ意識を集中すれば、透明なそれが私の手のなかでゆっくりと形を変えていく。何かが芽吹くように天へ向かって伸びあがり、明佳里が持っていたのと同じような雨避けになった。長い柄の先に半円状の傘を広げた形は、明佳里のとよく似ているけれど、ぴったり同じではない。変化石は持っている人のイメージに沿って形を作るので、扱う人間が変われば作り出される形も変わる。書き文字に個性が出るのと同じことだ。 雨避けをさしかけて、私は相変わらず燐光を放つ煉瓦道を歩き出した。ここの煉瓦が光るのは、灯石と雷石の廃材を砕いてもう一度焼きしめているからだ。小さくなって作用が小さくなったから煉瓦にしているのに、雨の日には自分が何者だったのか思い出したようにパチパチと光る。 この世は石で出来ている。 灯石、雷石、浮き石、水寄せ石、焼き石それから時計石。数え上げればきりがない。そういう力のある石を集めて、組み合わせて精製して利用して、私たち人間は生きている。 道下の店へ入り込もうとしている雨水を軒先に置かれた水避け石が押し戻す。かと思えば、2階の窓へ置かれた水鉢に向けて、いくつもの筋を作った水が空へ駆け上がっていた。多分純度の良い水寄せ石が入っているんだろう。それとも、水鉢自体が水寄せ石で出来ているのかもしれない。そうであればかなり値の張る逸品だ。 家まで持つかと思って歩いてきたけれど、雨足は強くなるばかりで、雨よけを持っていても先へ進むのが億劫になってきた。たどり着くまでに濡れ鼠になるのは御免被りたいので、適当な店の軒先へ逃げ込むことにする。ひさしの下へ身を寄せて、雨よけを元の石の形へ戻しながら空を見上げれば、灰色の分厚い雲が地上に向かってずっしりとのし掛かってきていた。空鯨の一頭でも通りかかってくれさえすれば、こんな雲蹴散らしてしまうのだけれど、生憎とそんな気配もない。雨は当分止みそうにないし、軒先だけ借りるのも悪いような気がして、身を寄せた店のショウウインドウを覗きこんだ。雑貨屋さんだ。通勤途中に毎日見ていたはずなのだけど、いまいちよく覚えてはいない。 丘の上の時計塔の麓のこの町並みは、坂道が迷路のように入り組んでいて、住み始めて数年になる私でさえ簡単に迷子になってしまう。大昔から人が住んで無計画な建て増しや建て直しを繰り返してこうなったらしい。迷子になるのは嬉しくないが、私は結構、この町が好きだ。一本入れば知らない道というのが冒険心をくすぐられて楽しくなる。 打ち付ける雨粒を視界の端に映して、私はひさしを化してくれている雑貨屋の扉を開けた。ドアの隅にかけられたウィンドチャイムが澄んだ音をたてる。 「いらっしゃいませ。…雨宿りですかな?」 カウンターの奥へ座っていた、白髪混じりのふくよかな店主は、入ってきた私を見ると、そう言っていたずらっぽく笑った。 「…バレてますね。」 確かに冷やかしに違いないので、私も隠さずにちらりと舌を出して見せる。 「いやぁ、急にすごい雨なことで。まるで地面に水寄せ石をばら撒いたようですねぇ。」 「ええ、本当に。」 「どうぞ、止むまでごゆっくり。」 「ありがとうごさいます。」 新聞でも読んでいたのだろう。店主は私に笑いかけたのを最後に、手元へ視線を落としてしまった。商売っ気のない人で良かった。買わないと帰れない雰囲気になったら大変だった。 店のなかを見渡してみる。質の良い紙のノート、インクの入ったガラス瓶、ペンもある。
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