雨の日の雑貨屋

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ペン立て、書類棚、アンティークからコミカルなものまで雑多に並んでいた。どれも、量産品よりはすこしばかり贅沢な値段だ。あれこれと並んではいるけれど、力の強い石を埋め込んだ機能的なものはあまり見かけない。乱雑な品揃えなのに散らかっている印象にならないのが不思議だった。陳列棚は木製の古いもので統一されていて、背丈以上に大きいものも、腰丈のものもあるけれど、意匠が揃っている。こういうところがセンスの良さってやつなのかもしれない。 そんな雑貨のなかで、ひとつ、私の目を惹いたものがあった。石だ。赤い石。透き通っていて、結晶だろうかと思う。それも、精製したものではない、珍しい天然晶。石のない店のなかで、一際の異彩を放っている。石でないなら人工ものの樹脂だろうか?用途はわからないけれど、卓上に飾るアクセサリか何かなのかもしれない。 何の気なしに手に取った。 そのときだった。 「congratulation!」 唐突に背後、しかも間近から聞こえた声にぎょっとして振り返る。次いで耳を打ったのはパンパンと手を叩く音。私の真後ろの、窓辺に置かれた腰丈の棚へ行儀悪くも腰かけて、知らない男が私にやる気のなさげな拍手を送る。 「…だれ…」 目深に被った三角帽子。広いつばのお陰で顔が見えない。男の背にしている窓から夕日が差していた。雨はいつの間に上がったのだろう。ぐちゃぐちゃに掻き乱された雲が夕焼け空に浮かんでいる。ふと気づけば男の座った棚の上は空っぽだった。こんなに、ものに溢れた店の中なのに。この人は、いつからここに?入ってきた人影を見た覚えはない。先客がいた記憶もない。 「あんたは選ばれた。この世界を壊すために。」 こちらの誰何に答えないまま、男は言う。大きな三角帽子のつばが、その手でゆるりと持ち上げられる。つばの向こうでその目光った。笑う口元に八重歯がのぞく。 「どうせ信じないだろうね。だからまた、迎えに来るけど。…それまでに死ぬなよ。」 急に町の雑踏が聞こえた。夕鳴き鳥の声。店の喧騒。はっと、深い眠りから覚めたときのような意識の浮上。 「急に晴れましたねぇ。」 穏やかな声が言った。店主だった。男の姿は消えている。最初から幻か嘘だったように。カウンターを見れば、その奥から店主は返事をしない私を不思議そうに見ていた。 「いま、ここに、だれか…」 窓際の棚をもう一度見れば、所狭しと品物が乗っていた。空っぽなんかじゃない。座っている男もいない。 「?外にどなたかお知り合いでも?」 「…いいえ。」 しばらく呆然として、手の中の固い感触にはっとする。あの石の形のアクセサリを、握りこんだままだった。作り物めいた結晶は、窓から見える夕焼けよりもなお赤く、ありふれた煌めきで私を見返す。それをじっと見つめながら、あの幻の一瞬を思い返した。三角帽子から覗いた目、八重歯、楽しげで、でもどこか冷めた声。気味の悪い男だった。でも、どこか既視感を覚える。会ったことはない、見たこともない。なのになにか、なにかが、掻き回されるような。
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