指先一つ分の遠い距離
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指先一つ分の遠い距離

 それから奏は、仕事帰りに度々由羅の家に立ち寄るようになった。溜まった洗い物をし、洗濯機を回し、由羅にご飯を食べさせる。二人の関係は友人というよりは、寧ろ一人暮らしを始めた息子と、そんな息子を心配して頻繁に訪ねて来る母親のようだった。 「もしもし。今からそっち行くけど、何食べたい?」 『カニクリームコロッケ』 「ふはっ、いつもそればっかじゃん。たまには別のにすれば?肉じゃがコロッケも美味かったよ?」  電話の向こうから即座に返ってきた答えに、奏は思わず吹き出した。あの日スーパーで購入して以来、由羅はすっかりカニクリームコロッケの虜になってしまっている。電話で何が食べたいか訊ねると、毎回迷いなく同じ答えが返ってきた。 『カニクリームコロッケ』 「はいはい。じゃあ、15分くらいで着くから。洗い物しておいて」 『わかった。……奏』 「何?」 『暗いから気をつけて』 「わかってるよ」  奏を気遣うような最後の一言に、少しだけ擽ったい気持ちになるのも、いつものこと。  奏は馴染みになりつつあるスーパーで、カニクリームコロッケと肉じゃがコロッケを2つずつ、五目ご飯とサラダをかごに入れ、最後に缶ビールを二本手に取った。が、それは泣く泣く棚に戻した。奏は現在禁酒中だ。 会計を済ませて店を出ると、真っ直ぐマンションへ。オートロックは部屋番号を入力すると、すぐに解錠された。 「いらっしゃい」 「お邪魔しまーす。これ、今日の晩飯。洗い物できた?」 「うん。ちゃんとやったよ」  玄関のドアを開けて出迎えてくれた由羅に、買い物の荷物を渡して部屋に上がる。ジャケットを脱いでリビングの椅子の背もたれに掛け、ネクタイを外しながら訊ねると、由羅が頷いた。 キッチンまで見に行けば、シンクも作業台も片付いていて、水切りかごにコップやお皿が重ねてある。最近、由羅は今日のように事前に頼んでおけば、少しだけ洗い物ができるようになった。 「お、偉いえらい」  奏が腕を伸ばして髪をグシャグシャと掻き回すと、由羅は大人しくされるがままだ。相変わらず無表情だが、どこか得意げに見えるのは奏の気のせいなのだろうか。最近は少しだけ、そんな由羅が可愛く見えてしまう。