姫と騎士

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姫と騎士

 午前7時。一階のダイニングで朝食を食べていると、寝癖をつけた薫が階段を降りてきた。この時間に起きてきたということは、今日は一限から授業があるのだろう。 真っ直ぐ冷蔵庫に向かいヨーグルトを取り出し、お腹をぼりぼり掻きながら奏の向かいの席に座った。臍が丸見えだが、まったく気にする様子はない。 「お兄ちゃん、今日は行くの?」  椅子の上に膝を立てて座った薫が、ぴりぴりとヨーグルトの蓋を開けながら質問を投げかけてきた。 「どこに?」 「恋人の家」 「……ああ、いや。今日は行かないけど、何で?」  どうにも“恋人”という呼び方に慣れない。一拍置いて由羅のことを言われているのだとわかり、奏は首を振った。今日は残業で退社が遅くなるので、由羅の家には行かずに真っ直ぐ帰宅する予定だ。 「だって、最近しょっちゅう家に行ってるから、いつも何してるのかなぁって」  薫がによによ笑いながら言った。薫がこういう笑い方をする時は、大抵碌なことは考えていない。そもそも、兄に面と向かってよくそんな下世話な質問ができるな、と奏は半ば呆れながら半ば感心してしまう。しかし、薫が期待しているであろうことは一切していないので、妹の意図には気づかない振りをして、普通に答えた。 「別に一緒に飯食って、コーヒー飲みながらテレビ観たりするだけ」 「またまたぁ。本当はラブラブしてるんだろぉ?」 「どこのセクハラ上司だよ」  薫がぐいっとテーブルの上に身を乗り出してきて、奏は思わずのけ反った。妹のこのノリにはいまいちついて行けない。反応に困る。それでも、あまり強く否定するのも不自然だと思い、後は薫が勝手に想像してくれるだろうと期待して、奏は返事の代わりに曖昧に笑った。案の定、奏の反応を肯定と受け取った薫が目を輝かせる。 「いいないいな。私もイチャイチャしたーい」 「お前、彼氏いるだろ?」 「……別れた」  途端に薫が肩を落として、暗い空気を纏った。確か一ヶ月前には薫に彼氏がいたはずだ。散々自慢されたのでよく覚えている。もう別れたのか、と奏は哀れみを込めた目で妹を見た。 「早いな。まだ一ヶ月しか経ってないんじゃないのか?」 「は?お兄ちゃんに言われたくないんだけど」 「は?俺は最低でも三ヶ月は保ったし、もう番持ちだからいいんだよ」 「ふんっ、私だって、すぐにもっといい彼氏見つけて、結婚してやるもんね!」  薫が奏に対抗するようなことを言って、ふんっと鼻を鳴らして頬を膨らませた。その態とらしい可愛こぶった表情に、急にこのやり取りが馬鹿らしくなって、奏はトーストに齧りつく。こんなことをしている場合ではない。遅刻する。薫もそのことに気がついたようで、壁の時計をちらりと確認すると黙々とヨーグルトを食べ始めた。
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