ひとりぼっちの発情期

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ひとりぼっちの発情期

 ぷちん、ぷちんと手のひらに白い錠剤を落とすと、口に含んだ水と一緒にごくんと喉に流し込む。錠剤が喉を通る時の感触が、少しだけ気持ちが悪い。  今朝目覚めた時から身体が怠かった。おそらく発情期の症状だ。会社には事前にΩのための特別休暇を申請してあるので、来る発情期に備え部屋にどっさり食料を持ち込むと、奏は早速布団の中に潜り込んだ。  これから約一週間、奏はベッドの上で眠るか、食べるか、テレビを観るか本を読むかして過ごす。発情自体はそれほど強くないが、それでも微熱が続く状態で起きて過ごすには身体が辛いし、もちろん部屋の外には出られない。  奏はベッドの上でうつ伏せに横になって、枕元に置いてあった本を手に取った。近頃、由羅の本を読むのが就寝前の習慣になりつつある。そうして由羅の本を読みながら由羅のことを考えて、考えるのに疲れると、いつの間にか眠ってしまうのだ。  あの日、涙が止まると奏はすぐに由羅の家を飛び出た。泣いたせいで顔はぐしょぐしょだったし、みっともないところを見せて恥ずかしかったのもあるが、一番はどんな顔で由羅と顔を合わせればいいのかわからなかったからだ。拒絶して、由羅を傷付けてしまった。  帰りの電車では、奏を見る乗客が皆一様にぎょっとしていた。それはそうだろう。大の大人の男が目を泣き腫していたのだから。  それからしばらく、由羅の家には行っていない。と言うより行けなかった。未だに、一体どんな顔して由羅と会えばいいのかわからない。2、3日連絡なしに会いに行かないことはこれまでもよくあったが、丁度一週間が経とうとする今日、「今度はいつ来る?」と由羅からメールが来た。本当は来週には腹を括って由羅に会いに行くつもりだったけれど、発情期なのでどうしようもない。由羅には、仕事が忙しくなったからしばらく会えないとだけ返した。  発情期であることを伝えなかったのは、発情期であることを知らせた上で一緒には過ごせないと言ったら、由羅を悲しませることになるのではないかと思ったからだ。αは独占欲が強くプライドの高い生き物だ。少なくとも、奏の知っているαは皆そうだった。だから自分のΩ、ましてや番に発情期を一緒にいるのを拒まれる、これ程αの矜持を傷つけることはないだろう。 きっと発情期に由羅と身体を重ねたら、奏は理性を保てない。キスでさえも腰砕けになったのだ。況してセックスだなんて、想像するだに恐ろしい。だから決して由羅が嫌な訳ではない。ただ、理性を手放して卑しくαを求めてしまう、自分の中のΩの本能が怖かった。
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