うばそくのはなし

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うばそくのはなし

 とある天皇の御代。大和国の生まれ人が、修行の末、自力で大悟した。葛城山の洞窟に籠もり、藤で着物を、松葉で食をして数十余年、暮らしている。主は葛城山と金峯山を結界し、そこで行をしていた。俗慾ない清廉な人柄とは言い難いが、およそ現の摂理には従い、享楽もせずに修行をしているので、たまさか出逢う旅人は感嘆し、つい拝むのである。  金峯山の蔵王菩薩様というのは、主が修行の末に仏心を得てより、降臨なされた菩薩様であった。  小春のある日。難所をいくつか巡るうち、二山の桟道をととのえようと諮った。いや、この主が自ら望んだことではないのだが、修行するうちに弟子らも少なからず揃った。弟子と言っても元は村人。世話を焼きたがるため、仕方なく連れているのである。弟子らは主の修行に付いて行けずたびたび遅れた。これを慮した主は、弟子の修行が滞らぬよう、桟道を造ることにしたのである。弟子らは無言で頭べを縦に振った。  しかし。いざ、事を構えるに及ぶと、主があまりに急かすので、弟子らは忽ち疲れ果て、道端にみな腰を下ろして項垂れていた。 「死にます、もうじき死にます」と呟き、みな許しを請うていた。  主はまったく厳しい顔で告げる。 「儂に許しを請うてか。ならば端から儂に倣うのはよすがいい。これより冬は間近じゃ。お前らを思って橋を渡し、洞窟を開けよと言うておるのじゃ。労もかけず、楽に修行できると思うてか、さあ立て」  今まで主を慕い付いていた弟子らは、そう言われ二の句も告げなかった。  が、そのうちひとりが口を開いた。 「主様は、厳しい。里に寺を持てば、斯様な無茶をせずとも修行できますのに」と言うと癇癪を起こし泣き出した。  主は目を閉じ、黙り込んでしまった。  弟子らは仕事を放り出して、つぎつぎと険しい山道をぞろぞろ下りて行った。  隘路には、途中まで造られた橋や洞穴が遺された。
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