俺の米愛《こめらぶ》が間違っていた話

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 ツヤツヤと輝くほかほかの白米を箸にのっけてパクッと一口。  湯気と共に鼻に抜ける香り、そして噛むと出てくる米の甘い味わい……ん? 「ちょっと……固いな」 「え、そうかな? 水加減は間違ってないはずだけど……」 「ひょっとして、給水時間が短かったんじゃないか?」 「そんな事無いと思うけど……」 「ちゃんと一時間半漬けたか? 暖かくなってきたとはいえ、まだ春だ。水は冷たいんだぞ? 給水時間はやや長め。基本だろう?」 「ご、ごめんなさい……」 「ごめんなさいで済む話か? お前はうちの米を無駄にしたんだぞ。それも三合も」 「けど、食べられると思うけど……」 「食べられるだけじゃダメなんだよ。最高に旨く食べなきゃ。お前、ほんとに日本人か? 米に拘らなくてどうすんだよ」 「……そんな」  手で顔を覆い、明菜はしくしくと泣き始めた。  言い過ぎたか? いやいや。俺と一緒にいるなら、米にはきちんと拘って貰わないと。  俺は最高に旨い白米を食べたいんだ。  大体、うちにある米はそんなに安い米じゃない。  それを炊けるということ自体が幸せなんだと、いい加減理解して欲しい。 「うちのコシヒカリは高いんだから……。それをこんなに硬く炊いて……」 「天のつぶ」 「は?」 「やっぱり、気付かなかったね。今日のお米は天のつぶ。私の好きなお米よ」 「え? そんな?」 「そのお米はね、そもそも硬めなの。水加減も給水時間も私絶対間違わないよ。お米、好きだもの」  明菜が伏せていた顔を上げた。口元を真一文字に引き結び、力の入った目で射貫くように俺を見る。そして、その口をやおら開くとまくし立て始めた。  「でも、あなたの米愛なんてその程度。大体、自分で炊きもしないで米愛なんて笑わせないで。あなたはね、所詮米を腹を膨らませるための道具としてしか見ていないのよ。ファッション米愛(こめらぶ)ね」 「ふぁ……」  あんまりな表現に思わず絶句してしまった。 「その裏側にある苦難と戦いの歴史について、少しでも考えたことある?」 「いや、それは……」 「一つの品種を生み出すのに、どれぐらいかかってると思ってる? いもち病被害の事について、少しでも考えたことある?」 「……その……無いです」 「あなたみたいなファッション米好きがいるから、全部の米好きが奇異の目で見られるのよ!! 大体、お米ってのは主食で、おかずと一緒に食べる物なんだから、米が美味いとかじゃなくて、どの米とどのおかずが合うのか、どんなマリアージュを生み出すのか、そこを楽しみなさいよ!! 初めて食べる米を米だけで食べるならまだしも、毎日毎日同じ米を米だけで食べて美味いの不味いの。そう言うのは職人さんがやるだけでいいのよ。あんたみたいなファッション米愛(こめらぶ)は、餃子ライスサイコーとか言ってりゃいいの!! ほんとにあんたのそう言うとこ、大っ嫌い。もう別れる!!」  彼女は一方的にそう言い捨てて、そのまま部屋を出て行ってしまった。 「お、おい、明菜!!」  慌てて追いかけたけど後の祭り。  彼女は二度とこの家に戻らなかった。
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