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あの日以来、俺は美味しい白飯を食べていない。
自分ではどうしても、明菜が炊いていた味を再現できないのだ。
それに俺はもうすっかり自信を失ってしまった。
あの時彼女に浴びせられた言葉が、そして米の違いを見抜けなかった自分の愚かさが、どうしても拭い去れない。
しょせん俺はファッション米愛なのだ。
だから、自分ではもう米を炊くことができない。
誰か、誰か俺に旨い米を食わせてくれ……。
街を彷徨っていると、いかにも米を炊くのが得意そうな娘がいた。
「なああんた。うちのコシヒカリ、炊いてくんないか?」
「え、ちょ、何なんですか?」
「頼むよ。旨いコシヒカリが食いたいんだよ」
「自分で炊けばいいじゃないですか!!」
「ダメなんだよ。俺じゃ炊けないんだよ。頼むよ。うちに来て、旨いコシヒカリの白飯作ってくれよ」
「い、いやです」
「何でだよ。良い米なんだよ。頼むよ」
「た、助けてぇ!!」
叫ぶなよ。
米を炊いてほしいだけなんだ。
それ以外は何もしないよ。
「てめぇ、何してやがる!!」
怒声とともに、突然横から殴られた。
吹っ飛ばされ、地面に転がる俺。
「な、何すんだ!!」
声をあげながら見ると、そこには娘の前に立ちはだかる屈強な男がいた。
「おい、こいつは俺の彼女だ。手ぇ出すんじゃねぇ」
「違うんだよ。米を……米を炊いてほしいだけなんだ」
「米?」
屈強な彼氏は娘の方を振り返る。
「この人、私にコシヒカリ炊けって言うの……」
「んだとぉ? てめぇ、こいつの好きな米はなぁ、ゆめぴりかだ。コシヒカリ炊いてほしけりゃ、コシヒカリが好きな女探しな!!」
「いないんだよ。見つからないんだよ。頼むよ。一回で良いから炊いてくれよ」
「しつけぇぞ、このクソがきがぁ!!」
どうやら彼氏の逆鱗に触れたらしい。
俺はボコボコにされ、路地裏に打ち捨てられた。
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