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アパートが見えた。
それと同時に、俺の目には信じられ無い物がが見えた。
それは、アパートの前で佇む一人の女性の姿。
アパートの頼りないひさしでは雨を防ぎきれず、彼女もまたぐっしょりと濡れていた。
「あ……明菜!?」
「あ……」
俺が声をかけると、明菜は驚いたようにこちらを向き、それからぎこちなく笑った。
「ひ……久し振り」
「うん」
「どした?」
「あなたの家のお米……そろそろ、食べちゃわないといけないなって思ったら……。来ちゃった」
「うちの米、心配してくれてたのか……」
「だって、いつも炊いてたお米だから……」
「ごめんな、俺、米の味も炊き方も分かって無いのに、酷い事言って……」
「ううん、良いの。よく考えたらね、天のつぶもコシヒカリを親米に持つ品種だから……。それに、硬いって事をちゃんとわかってくれてたのを私見落としてた」
「え?」
「だって、硬いって言えるって事は、普段私が炊いていたお米の事、ちゃんと味わってくれていたってことでしょ」
「あ、ああ、もちろん。もちろんさ」
「あなたは少し、方向を間違えただけ。それを私、まるで取り返しのつかない失敗みたいに。ごめんね」
「いや、良いんだ。俺が悪かったんだよ」
「ううん、私こそ」
俺達は抱き合った。まるでお結びを作るように、優しくそれでしてしっかりと抱き合った。外はしっかり、だが中身はふんわり。そうだろ?
「ね、中に入れてくれる? 服がね、まるで給水したお米みたいに重いの」
彼女の言葉を聞いて、俺は思わず笑ってしまった。
「何よ?」
「いや、俺も走りながらおんなじこと考えてたからさ」
そう言って、濡れネズミになった自分の服を摘まんで見せると、明菜もフフッと笑った。
「同じこと考えてたんだね」
「そうだな」
「ね、入ってシャワー浴びましょ。給水させただけじゃ、お米は食べられないわよ」
「ああ。賛成だ」
鍵を開けてドアを開ける。
促されるままに明菜が先に入った。
その後ろから家に入りながら、俺は明菜に言う。
「戻って来てくれてありがとう」
「ううん。私こそ。受け入れてくれて嬉しい」
「ねえ、美味しい白飯の炊き方、教えてよ」
「分かった。じゃあ、一緒に炊きましょ」
「ああ」
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