面白い話をして

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面白い話をして

「すごく退屈。ねえ、面白い話をして」  唐突に、彼女はそう呟いた。  僕の部屋のベッドに姿勢よく腰かけたまま、制服の胸元まである黒髪をしきりに指先でもてあそんでいる。 「また?」  僕は読みかけの本を机に伏せると、小さく溜息をついた。  これで何度目だろう。彼女に『面白い話』とやらをせがまれるのは。なけなしのストックも尽きているのだけど。  僕の心の声が聞こえたかのように、長い睫毛に縁取られた黒い瞳がじっとこちらを見る。視線が絡めとられるようで、心臓がどきりと音を立てた。  僕はこの目に弱い。 「……しょうがないなあ」 面白い話、面白い話。話したこと無いやつ、何かあったっけ。渋々口を開く。 「この間、数学の原田が掃除用のバケツに片足突っ込んでこけた。あいつ、ズラだったんだな」 「……30点」  彼女は真顔で、短く切り揃えた桜色の爪を見つめている。……駄目か。僕は腕組みをすると頭をフル回転させた。 「夜中にばあちゃんが便座にはまって寝てた」 「50点」 「じいちゃんの飼ってるインコの名前がビヨンセ」 「60点」 「クリリンのことかー!!!!!」 「……80点?」  小さな唇の端がゆるんで、僕の胸が甘酸っぱい音を立てる。  目にしたことはないけれど、思い切り笑った顔はさぞかし可愛いんだろう。  できることなら、もっと笑わせてあげたい。 「きみが好きだ」  ……これは面白い話じゃなくて、面白い話にかこつけた僕の本音。  彼女は一瞬目を丸くした後「0点」と無慈悲に僕の告白を切り捨てた。 「面白くないわ」 「あ……そうですか」  ちょっと、いや、だいぶへこむ。  僕はうなると、とっておきのネタを口にした。 「きみはすでに死んでいる」  再び毛先をもてあそび始めた指先が、ぴくりと止まった。光のない夜の空みたいな瞳が僕を見つめる。 「面白い。けど、笑えない冗談ね」  彼女は静かな声でそう言うと、ようやくふわりと微笑んだ。  ずっと好きだった。  教室の喧騒の中、一人静寂をまとっていた君の物憂げな佇まいが。  君は退屈していたから、あの日屋上から身を投げたのか?  どうして君は、話したこともない僕の部屋に現れるんだ。  じわじわと、足先から言いようのない不安が這い登ってくる。  それとも僕はもう、とっくに気がふれているんだろうか。  君のいない毎日があまりに空虚で退屈だから、こうして毎晩毎晩、自分で作りだした君の幻相手にありもしない話をし続けているんだろうか。  思考がぐるぐる尾をひきながら、淀んだ水の底に沈んでいくような感覚に襲われる。  ―――だとしても。  こうやってまた君に会えるのなら悪くない。 長い髪を物憂げに耳にかけると、彼女はぽつりと呟いた。 「ねえ。面白い話をして」
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