(八)

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 「了解しました」  カオルはゆっくりと頷いた。  「では、今から早速やってみましょう」  美希が井戸端に駆け寄り、濡れたタオルで青い炎を消す。  「ありがとう」  カオルは神札を持ち、井戸に手足を掛けた。  右手を大きく伸ばし、受け口に神札を押し込む。  カチッと音がした。  「あれ?」  見守っているトキオの足元で、僅かな振動が始まった。  「逃げて!」  地面がばっくりと割れる。トキオは美結の手を引いて後ずさった。  美結が白いウェディングドレスをひらりと揺らし、後方へ下がる。  井戸の前にできた亀裂は、細い道沿いに伸びて行く。六番目の井戸端に達すると曲がり、五番目、四番目と井戸を繋ぐ形で進む。  一番目、道真生誕の図が描かれた井戸で、亀裂は止まった。  同時に、井戸を囲んでいる岩屋が崩れる。  灌二と美希が駆け足で近づいた。  「先生! 何かありました」  灌二が瓦礫の中から四角いものを掘り出し、両手で高く掲げた。  茶色の木で作られた箱である。四辺に黒い金属がはめ込まれ、頑丈な構造になっている。  「随分大掛かりな仕組みだったが…。こりゃあ宝箱だな。新郎新婦の新しい財産だ。開けるのは新郎の役割でしょう」  カオルは箱を一瞥すると、トキオの方を見た。  「お、おお」  トキオが灌二から箱を受け取る。  箱には南京錠が付いているが、瓦礫に埋もれた衝撃からか、壊れかけている。  「では、開けます」  トキオが告げると、参列者達の注目が集まった。  トキオが手に力を籠めると、蓋が開き薄い煙のように塵埃が舞った。  「これは?」  中から出てきたのは、十粒程の小さな種である。  カオルがそのうち一つを、指先でつまんだ。  「これはウメだ。梅の種です」  「梅?」  トキオは首を傾げた。  「一万年前が本当なら、とっくに干からびて、炭化してるんじゃないの」  「いや。それは違うな」  カオルは種を掌に載せ、改めて観察している。  「これは極めて保存状態がいい。土に蒔いてきちんと水と肥料を与えれば発芽するよ」  「えっ? 本当ですか」  美結が身を乗り出した。  「ええ。植物の種ってすごいものでね。ロシアで三万年前の地層から見つかったナデシコの種を発芽させて、花を咲かせたという報告もあります」  「一万年とか三万年…。それだけの期間生きてたってことだよな。人間はどんなに長生きしたって百年と少し。一万年って殆ど永遠と一緒だ」  トキオの呟きを、美結が受けた。  「父が私のために探してくれた、不死の種。私が幼い頃、父は母と死に別れて、私も病気がち。せめて私だけでも、健やかに命を全うして欲しいという願いを、この種に込めようとしてくれたんだと思うわ」  美結は天を見上げた。  「私、この種を高雄天神の本殿の脇に蒔いて、大切に育てます。お集まりの皆さん、花が咲きましたら是非ご覧にいらしてください」  誰からともなく、拍手が始まった。  拍手の輪が参列者達に広がって行く。  「私、本当に馬鹿でした。父がなぜ亡くなったのか解明しようともせずに、自分が疑われていることで泣いてばかりいて。自分で解明できないなら、誰かに助けを求めることもできたのに、していませんでした…。それを今日、井中先生をはじめとする皆様全員にご協力いただいて、こんなに嬉しいことはありません」  再び、大きな拍手。美結と一緒に、トキオが頭を下げた。  「私は子どもの時の事故が原因で、片足にハンデを負い、生涯杖のお世話になることになった身です。そして本日、皆様のお力添えでもう一本の杖を手に入れることが叶いました」  トキオの頬に、涙が伝った。  「美結さんです。この、世界中でたった一つの大切な杖を決して離さず、これからの人生を全うしたいと思います」  さらなる拍手が、美結とトキオを包んだ。 宴会場へと戻る道すがら、トキオがカオルに声をかけた。  「いろんな人に意見を求めてたけど、自分では全部、はじめからわかってたの?」  「さあな。ご想像にお任せするよ」  カオルは、前を向いたまま歩き続けている。  「一つ、言えることは…。今日の結婚式は新婦の無実を証明するためのものだった。なら、俺が独りでしゃべるより、皆さんで一緒に考える形にした方が、良かったんだ。参列者の皆さんは新婦の今後の人生で、大事な方々な訳だからな」  「本当にありがとう。井中は俺と美結さんにとって大恩人だよ…。謝礼を贈りたいんだけど、何がいい?」  「謝礼、いらねえよ」  「えっ…。いらないの?」  「ああ。俺達、友達だろ」  ポーカーフェイスを貫いていたカオルが、初めてにっと笑った。
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