(二)

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(二)

 「美結さんの無実を証明する、となると…」  翌朝、神社境内にある美結の自宅を訪ねると、トキオは美結の亡父が使っていた書斎に通された。  書斎の書棚は、「神道体系」「神社総覧」など、神社関連の書籍で埋め尽くされている。  その前を杖を突きつつ行ったり来たりしながら、トキオは言った。  「可能性は三つだ。第一は、自殺。第二は、美結さん以外の誰かがお父さんを亡きものにした。第三は、事故」  「自殺はないわ」  ピンクのワンピースに身を包み、書斎の真ん中に置かれたちゃぶ台の前で正座した姿勢で、美結が答えた。  「二年前のあの日は、私の誕生日だった。ささやかだけど夕方、父と二人で近所のお寿司やさんでお誕生会をしてくれることになっていたの。とっておきのプレゼントをしてくれるとも言ってたわ。父が自分でお店に予約を入れていて。なのに、その日の午前四時に自殺はあり得ないでしょう」  「なるほど。じゃあ当然、遺書もないよね」  美結は頷いた。  「ええ。父の机や鞄、スマホやパソコンのファイルなんかも全部チェックしたけど、遺書はなかった」  「わかった。自殺はなし、と…」  トキオは、さらに書棚の前を行き来した。  「とっておきのプレゼントって何だったんだろう? 思い当たることは?」  美結は首を傾げた。  「それがね…。信じてもらえないかもだけど、『不死の種』だって言ってたの」  「不死の種? 何のことだろう」  「わからない。全然、見当つかないの。父が隠していたのかと思って、家中捜しては見たんだけど、それらしいものは見つからなかったわ。それでね…」  「それで?」  美結はちゃぶ台に置いてあった細長いものを取り上げ、トキオの眼前に翳した。  「これは、ご神札かな? 大理石で出来ているみたいだけど」  美結は頷いた。  「ええ。これは父が転落した井戸に一緒に落ちていた遺留品なんだけど…」  「裏側に、何か刻んであるね」  トキオは、眼を凝らした。  「ええと、一万年前の地層から出て来た不死の種…通りゃんせの童唄?」  美結は眉間に皺を寄せた。  「何のことか、さっばりわからなくて…」  「だね。見てると頭がくらくらして来ちゃうな」  トキオは額に手を当てた。  「うーん。そもそも人間、永遠に生きるなんてありえないしなあ。何となく、気になるね」  トキオは呟くと、手帳をポケットから取り出し、「不死の種」とメモした。  「じゃあ、第二の可能性。美結さん以外の誰かがお父さんを井戸に突き落とした。これはどうだろう」  「それなんだけど」  美結は眉を曇らせた。  「ウチの神社の入口、鳥居が建ってる所があるでしょ」  「うん。昨日も今日も、通った」  「お隣が駐車場でしょ。チェーン経営の」  「ああ、そういえばあったね」  「駐車場に防犯カメラが設置されてるの。そのカメラの視界に、ウチの鳥居の周辺もたまたま入っている」  「ふんふん」  「で、警察の方で父が亡くなった前の日の日没から当日の夜明けまでの映像をくまなくチェックしたそうよ」  「どうだったって?」  美結はうつむいた。  「その間、誰一人通ってないって…。ネコ一匹通った映像は見当たらなかったそうよ」  「他に入口はなかったっけ」  「裏口はあるにはあるけど、夜中は鍵をかけていて入れないようになってた…。侵入者がいたとしたら、必ず鳥居があるほうの防犯カメラに映る筈」  「誰かが入って来た可能性は、なしか…。物盗り目的ならあり得ると思ったんだけどね。物盗りの積りで入って来た賊が、お父さんに見つかって、やむなく殺してしまった」  美結の瞳に、涙が浮かんだ。  「でね、もっと困ったのは…」  トキオは手を振った。  「あっ。ごめん。悲しいことを思い出させてしまったね。言いたくなければ言わなくてもいいよ」  美結は首を振った。  「いいの。むしろ、聞いて」  「ああ」  トキオは歩き回るのを止め、美結の前に正座した。  「私は、父が井戸に落ちた時、この家の自分の部屋にいたの」  「二階だったよね。丁度、この上」  トキオは右手人差し指を上に向けた。  「午前四時でしょ。ぐっすり眠っていて、父がそんなことになっているなんて、全然気がつかなくって」  「そりゃ、そうだよ。そんな真夜中なら、当然眠ってる」  美結の頬に、涙が伝った。  「私がすぐに気がついて井戸に向かっていたら、父を助けることも出来たかも知れなかった…。落ちた直後なら、まだ息があったかも知れない」  「そんな。自分を責めることないよ」  トキオはハンカチをポケットから取り出し、美結の頬を拭った。  トキオの眼にも涙が浮かぶ。  「ありがとう」  美結の眼に、新たな涙が浮かぶ。  「警察のほうでは、そのせいで私を疑うの。父が死んだ夜、神社には誰も出入りしてない。で、私には所謂アリバイがないでしょ」  「一人で自分の部屋で寝てたんじゃ、証明する手立てがないしね」  「そう。だから、父を殺すことが可能な人間は私しかいないって」  「そりゃあ、ちょっと困ったね」  「でしょ。その上、解剖の結果父には井戸に落ちた時にできた傷以外、目立った外傷がないって言ってたわ。誰かと争った形跡がないって」  トキオは頭を抱えた。  「つまり、お父さんが井戸に突き落とされたとしたら、見知らぬ相手にじゃない。よく知っている人間にやられたから、争った様子がないって論法になる訳だ」  美結の瞳に、涙の粒が溢れ出る。  「そうなの。私は完全に容疑者扱い。警察に任意同行を求められて、しつこい位に調べられたのよ」  「それは、辛かったね。ただでさえお父さんが亡くなって辛いのに」  トキオの眼からも、涙が滲んだ。  「でも、美結さんにはお父さんを亡きものにする理由なんて、ないでしょ? どうして疑われるんだろう」  「それがね」  美結の眼に、また涙が溢れる。  「この神社って、結構敷地が広いし、JRの駅近でしょ。神社をやめて更地にして売ってしまえば、何千万ってお金にできる高級物件なんだって。父は神社をやめる気なんて毛頭なかったから、私が土地のお金目当てで殺したんだろう、なんて言う親戚もいるのよ」  「そりゃ酷い言いがかりだね。その親戚こそ、自分がお金が欲しいだけなんだよ」  「だと、思うけど…。でもその人、SNSなんかでも私が父殺しだって書き込んだりするの。それに余所の人が同調したりする。それが辛くって…」  美結は泣き崩れた。  
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