(五)

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(五)

 「こちらを、ご覧ください」  会場の照明が暗くなり、カオルが立つ司会席の右手に、スクリーンが下りてくる。  ふいに画面が明るく光り、青く輝いた。  青い炎の動画である。炎は、井戸の中から吹き上がるように、メラメラと燃えている。  「これは、新婦のお父上が転落し亡くなられた井戸に、しばしば見られる炎です。不思議なことに、青い色をしています」  「何だね、それは? 新婦の無実と関係あるのかね」  虎雄が早速突っ込んだ。  「ええ。大いにあります」  部屋の片隅でパソコンを操作していた二人の前に、小さな明かりが点った。  「ご紹介しましょう。本日私のアシスタントをしてくれる、高雄中学三年の太田灌二(かんじ)君と上杉美希さんです」  二人は立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。  (さっき扉を開けてくれた二人か)  トキオは、二人の生徒に眼を向けた。背筋がピンと伸び、薄暗い中パソコンの光に照らされ、顔が燃えて見える。  「彼と彼女は、私が顧問をしております野外観察部の部長と副部長です。因みに、学業成績については常にトップ争いを演じている優秀な生徒さんです」  「野外観察部? 変わった部活ですね」  すみ子が笑いながら言った。  「ふふ。確かに珍しい部活かもしれない。ですが、活動の趣旨は中学生としての学習の根幹を成すものだと私は信じています」  「学習の根幹?」  「野外観察という場合、観察する対象は人々の普段の生活や社会活動。さらには自然現象など、世の中全般の事象に及びます。それらを幅広く、ありのままに観察し、すべての事象がどのように生起し、生起した結果何をもたらすかを客観的に考察する。これはまさに、中学生諸君が若いうちになしておくべき学習であると私は確信している」  「かっこいい…」  すみ子は、感心したように頷いている。  「ご覧いただいている青い炎。実はこれは、ここにいる太田君が二年前から観察しています」  すみ子が、灌二に眼を向けた。  「二年前から、ずっと?」  「ええ。井中先生のご指導で、野外観察で見つけた気になる現象は継続して観察をするよう言われておりまして。その時々の気象条件などと合わせ、記録を取っています」  「へえ。偉いね」  「いえ。別に偉くはないですが…。面白いのは、この炎は最高気温が三十五度以上の暑い日のみ、見られることなんです」  「暑い時に?」  カオルが割って入った。  「ええ。実はこれが、新婦のお父上が亡くなったことに関係している」  虎雄が立ち上がった。  「何を言っているんだかさっぱりわからん! ちゃんと説明して貰おうか」  カオルが右掌を眼前に翳した。  「まあお待ちください。これからゆっくりご説明します。まずは、次の画面を」  二人の部員がパソコンの前に座り直し、手を動かすと、手書きの文字が並んだ画像が表示された。  「虎雄様。これは兄上、新婦のお父上の筆跡に間違いございませんでしょうか?」  虎雄が座り直し、頷いた。  「ああ。そうだ。兄はこういう丸っこい字を書いていた」  「間違いないですね。実はこれは、新婦のお父上が亡くなる前日の日記なんです」  カオルは、ペンライトをポケットから取り出し、画像のあるところを差し示した。  「不死の種のありかがほぼわかった。明日は美結の誕生日。夜明けまでに種を見つけて、美結にプレゼントする積りだ」  「現代のサイエンスの常識では、命あるものは必ず死を迎えます。しかるに新婦のお父上は、不死、すなわち永遠の命に繋がるものの存在を信じ、もう少しで手に入れるところまで来ていた。これはお父上の死の間際の行動を知る上で、非常に重要な点です。ですが、いかんせん…」  カオルは言葉を切り、天井を見上げた。  「何故お父上がこのようにお考えになるに至ったのかについては私は把握しておりません。どなたか情報をお持ちの方はおられませんか?」  「なんだ、あんた全部解明した上で話してるんじゃなかったの? こりゃあ証明なんざ無理だね」  虎雄が野次を飛ばす。  (マジかよ。やばくねえ?)  トキオは頭を抱えた。  会場がざわつく中、一人の男が立ち上がった。  氏子総代の宿村である。  「私は立場上、宮司であるお父上から高雄天神の運営に関わることは相談を受けておりました」  宿村は、懐に手を入れ、小さな手帳を取り出した。手帳に、折り畳まれた紙片が貼り付けてある。  「何か重要な手がかりをお持ちですね? そちらを皆さんにお見せしてもいいでしょうか」   「勿論です」   宿村の返事を聞いた美希が紙片を受け取り、一旦別室に出てすぐに戻って来た。  紙片の写真がスクリーンに大写しになる。  写っているのは、三枚の写真だ。  宿村がスクリーン前に進み出て、一枚目の写真を指差した。  「ご存じの通り三年前の春先、太平洋沖を震源とする大地震があり、この辺りでも震度五強の揺れを観測しました。その結果高雄天神でも被害を被り、ご覧の写真の石灯籠が倒壊しました」  (そういえば参道にあったな。地震から三年経つのに、倒れたままの灯籠が)  トキオは美結に会うために毎度通っている、参道沿いにある灯籠を思い出した。  「この灯籠は表面に刻まれた銘文によると、明治三十年に新婦のご先祖にあたる武内文之介が建立したものです。以来百年以上参道脇に建ち続けておりました。三年前の地震で崩れ、初めて台座部分が二重構造になっておることが判明したのです」  宿村は二枚目の写真を指差した。  「二重構造の中に空洞があり、中に入っていたのがこちら。七枚のご神札です。多くの場合、ご神札は紙や木で出来ておりますが、これらは大理石で作られた大変頑丈なものです」  「あの」  すみ子が手を挙げた。  「ご神札の現物は今どこかにあるのですか」  宿村がすみ子に笑みを向ける。  「私の知る限りでは、七枚の内六枚は行方不明です。どこかへ消え失せてしまった」  「最後の一枚は?」  「それがこちらです」  宿村は、三枚目の写真を差し示した。  「最後の一枚の裏側です。ここに、何とも不可解な文が彫られています」  …我、明治三十年ノ春、蝦夷地ニ旅ス。当地ニテ、大凡一万年ノ昔ノ地層ヨリ出土セシト云フ不死ノ種ナルモノヲ贖ヘリ。  真ニ不死ナルカ判然ナラザルガタメ、後世ニ之を委ネント欲ス。  高雄天神ガ発祥ト云フ通リャンセノ童唄ノ歌詞ニ種ノアリカヲ託ス。  「新婦のご先祖にあたる方が、一万年前の地層から出土したという不死の種を購入した。ところが当時の科学水準ではその真偽を確かめる術がなかったため、後世に委ねることにしたということですね」  カオルが言った。  「ええ。そういうことです」  宿村が頷いた。  「私はこのご神札の件、新婦のお父上から相談を受けたのですが…。不死などただの伝説だろうと思い気にも留めませんでした。お父上は、たった一人、亡くなる直前まで不死の種の研究を続けておられたのですな」  「貴重な情報をいただき、ありがとうございます」  カオルは宿村に一礼すると、会場の参列者に向き直った。  「今宿村様にご提供いただいた情報で、新婦のお父上が亡くなる直前、何をなさろうとしていたかが少し見えて参りました。ですが…」  カオルは一つ咳払いをした。  「ですが、ここに至ってまた、新たな謎が浮上して来ました。高雄天神が発祥の地という『通りゃんせ』の童唄の歌詞に種のありかを託した、というのをどう解釈すればいいのか、という点です」
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