(六)

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(六)

 「ここで私が自分の説を申し上げることはたやすい。ですが、真実を明らかにするには、複数の視点から客観的に検証されることが重要です。そこで…」  カオルは、向かって右半分の新郎側の席と、左半分の新婦側の席を交互に見た。  「ボランティアを募ります。通りゃんせの謎を一緒に考えていただくボランティア。できれば、新郎側と新婦側からお一人ずつ」  参列者達が互いの顔を見合わせる中、すみ子が立ち上がった。  「その役、私がお引き受けします!」  頬が心なしか紅潮している。  「すみ子さんて随分積極的だね。ひょっとして、井中君に一目惚れ?」  隣に座る美結の耳元に手を当て、トキオが囁いた。  「うふ。すみ子って私達のリーダー格で、どんなことも積極的なのよ」  美結は、この席に座って初めて、微笑んだ。  (良かった。美結さん、少しでも和んでくれたら…。ずっと泣き出しそうだったし)  トキオの安堵とは無関係に、カオルが続ける。  「ありがとうございます。では、新郎側は?」  黒いスーツを窮屈そうに着、黒縁眼鏡をかけた四十絡みの男が、手を挙げた。  「で、では私が」  (麦山先輩?)  トキオは首を傾げた。麦山草一は、高雄中学の国語科教師。トキオの世話を焼いてくれる先輩だ。  (大丈夫かな。こういう晴れやかな場所は苦手って聞いてるけど)  二人は揃って、カオルの立つ司会席に進み出た。  カオルからマイクを受け取ったすみ子が、口火を切る。  「通りゃんせの童唄ですよね。通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ…っていう」  麦山がマイクを受け取る。  「ええ。アレを歌いながらよく遊んだものです。二人一組の子が関所役になって通りゃんせの童唄を歌い、歌い終わったら関所を閉ざす。そこで捕まった子が次の関所になる」  「ですよね。アレって全国的に有名と思うんですけど、まさか地元の高雄天神が発祥なんて、夢にも思いませんでした」  「い、いや。それなんですけど」  麦山は小首を傾げた。  「実は私、国語教育の見地から、童唄に一寸興味がありまして。それでボランティアに手を挙げた訳ですが…。通りゃんせの童唄の発祥地には、小田原とか川越とか諸説あって、はっきりしたことはわかっていません。多分、新婦の祖先の方が個人的見解としてそうお考えだった、ということかと」  「なるほど。では、一家言あるところで、通りゃんせが不死の種の隠し場所を示している、という辺りはどうでしょう」  「いや、そこまで考えたことはないので…」  麦山は頭を掻いた。  「麦山先生」  カオルが口を挟んだ。   「歌詞を逐語的に解釈してみてはいかがでしょう。どこかで引っ掛かる箇所があれば、それが鍵になるかも知れません」  「なるほど。井中君の言う通りだ」  麦山はポケットからハンカチを取り出し、汗を拭った。  「わかりました。逐語的解釈ですね」  すみ子が天井を見上げる。  「うーん。冒頭の『通りゃんせ、通りゃんせ』って、『通りなさい、通りなさい』ですよね。ヤンセって西の方の方言みたいな感じで、ナニナニしなさいって」  「そうそう。で、そこからは何となく、子供連れのお母さんと関守のお役人の会話になる」  「ええ。まずは『ここはどこの細道じゃ』。『ここはどちらの細い道ですか』。道に迷ってるみたいなお母さん」  「『天神様の細道じゃ』。『天神様、つまり菅原道真公をお祭りしたお社の細い道だよ』って関守さんが教えてあげる」  トキオは、高雄天神の本殿脇の光景を思い浮かべ、鳥肌が立った。  (そうなんだよな。高雄天神が通りゃんせの発祥の地だという仮説に立つと、あの光景ってぴったりなんだ)  すみ子が続ける。  「『ちょっと通してくだしゃんせ』。お母さんが『ちょっと通してください』ってお願いする」  「『ご用のない者通しゃせぬ』。関守さんが『ご用のない者は通さない』って一旦突っぱねる。ご用っていうのは公用、公に認められた用件みたいな感じですよね」  「で、困ったお母さんが連れてきた子供を前面に出して、『この子の七つのお祝いにお札を納めに参ります』。あれ? えーと。天神様に納めるんですから、お札ってご神札のことですよね。七つのお祝いって何でしょう」  すみ子が首を傾げながら、麦山にマイクを渡す。  麦山はマイクを持ったまま、腕を組んだ。  「ええと。通説ではお子さんの七五三のお祝いですよね。あと、江戸期まで一般的だった時制では七つって午前・午後の四時頃です。これもアリかも知れない」  虎雄が割って入った。  「午前四時って言えば、兄の死亡推定時刻だ。関係ありますかね?」  「さあ。それは…」  麦山が眉を寄せる。  「それは違うでしょう」  カオルが言った。  「午前四時だと解釈しますと、午前四時のお祝いとなります。それですと意味を成しません」  「そうかね。じゃあどう解釈するんだね」  虎雄が詰め寄るが、カオルは表情一つ変えない。   「ええ。ここが一番、引っ掛かる箇所なんです。さっき私が申しました、歌詞の中の鍵はここでしょう」  カオルはマイクを改めて持ち、続けた。  「オイワイって何だろうって考えるんです。祝い事とは限りません。高雄天神で七つあるもの…で、オイワイ…」  「わかった! わかりました」  宿村が手を挙げた。  「高雄天神には、七つの井戸があります。そして七つの井戸には岩でできた囲いがある。つまり岩井だ。これに接頭辞のオを付けて、オイワイですな」  「そう。そういうことだと、私も思います」  カオルは懐に手を入れた。  出てきたのは、先刻宿村が写真を見せた七番目の札である。  「『七つのお祝いにお札を納めに参ります』は、『七つある岩で囲まれた井戸に、ご神札を納めに行きます』。こう解釈するんです。不死の種を隠した新婦のご先祖は、童唄の歌詞がこのように読み替えられ得ることに着目した。で、後世の誰かがこれを読み解くことを期待した、という訳です」  「素晴らしい! 納得です」  すみ子が眼を見開いた。  「そのお札を、なぜお持ちなんです?」  「これは、新婦のお父上の遺留品なんです。お父上が井戸に転落された際に手にされていたもの。新婦にお願いして、特別にお借りして来ました」  カオルが神札の裏側を見せた。  「本当ですね。さっき写真を見せていただいた不思議な文が刻まれてますね」  「ええ」  カオルは前を向き、参列者に視線を向けた。  「ここで皆様にお願いがございます」  またぞろ、参列者達がざわめいた。  「これからこのご神札を使わせていただいて、あるものをご覧に入れます。暑い中恐縮ですが、戸外に出ていただきます」  暗くなっていた照明が、再び明るくなる。  「私はちょっと準備がございますので、太田君と上杉さんがご案内いたします。すぐそこですので、どうぞよろしくお願い申し上げます」  パソコンの前に座していた二人が立ち上がり、ぴょこんと頭を下げた。
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