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今、必要なこと
ユウリが二度と鏡の世界に行かないと納得してくれて、なぜか俺は安心した。
モデム球もその表面に多数存在するチャンネルも、なんの実感もないのに。
「この、二枚目の脅迫文に書いてある、生まれる予定の命って何のことだろうな。無差別殺人か」
俺がなんの気なしに言うと、ユウリが赤くなって縮こまった。
「ん?」
「あのね、龍ちゃん。まだ、誰にも言わないでくれる?」
「ああ」
小さい頃から、ユウリのこの手の話は聞いてきた。もちろん、保育所時代の秘密も誰にも話していない。
「…私のお母さん、妊娠してるの」
「は?え!あれ?結婚…してたっけ?」
「最近、したの」
「ああ、ああ!おめでとう!」
先日、ユウリのお母さんに会ったとき、俺が喋りまくらなければ、その話題が出てたんだな。
俺が祝福すると、ユウリは驚いた顔をした。
「あ、ありがとう」
ユウリは照れながら、はにかんだ。思春期だもん、いろんな葛藤もあったんだろうな。
「ずっと、この問題で悩んでいたんだけど、この前、お母さんから龍ちゃんの話を聞いて、龍ちゃんならわかってくれるって思ったの。相談して良かった」
ユウリの言葉に、胸がチクリと痛む。残念ながら、わかってはいない。一番、無難なことを言っただけだ。俺じゃなくても、みんな、そうするだろう。でも、ユウリから頼られて、俺は最高に満足だった。
その晩、自宅で一人、コンビニ弁当を食べているときに、ユウリから連絡が入った。ユウリがスマホを持っていたから、連絡先を交換したのだ。
俺は口を動かしながら、スマホの画面の文字を読んだ。
『香津も鏡の世界に行かないと約束してくれた』と。
二度と行かない。
それしか、ないのだろう。
だって、赤ちゃんの命がかかっているのだから。
でも、どうして赤ちゃんなんだろう?ユウリや香津ではなくて。
ひょっとしたら、違う世界の住人にとって、赤ちゃんは手の出しやすい相手なのだろうか?
赤ちゃんや子供は大人より不思議な体験をしやすいという。無垢だから、生まれる前の世界からの影響が残っているから、なんて聞いたことあるなぁ。
気がつくと、ユウリのモデム球の話を受け入れてしまっている自分がいた。
また、ユウリから連絡が来た。
『今度、香津がお礼に龍ちゃんの分もメープルシロップ送ってくれるって』
「なんでメープルシロップなんだよ(笑)」と、俺も送る。
すると、ユウリから意外な返事が来た。
『だって、香津はカナダ在住だもん』
ん?聞いてないよ。聞いてない。
それ、意外と重要な話じゃない?
俺は、今日のユウリとの会話を思い出しかけた。
いや。
目の前には、食べられることを待っているカルビ弁当。枝豆。アイスコーヒー。
今夜は数学塾のイベントで俺に割り当てられた発表内容を詰める予定だ。
そうして、俺はユウリとの会話を思い出すことをやめた。
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