第七話:死神教授と帰って来た覆面ホッパー

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 チリンチリン…軽やかな鈴の音と共にドアが開く。「いらっしゃいま…」言い掛けて村松藤兵衛は思わず言葉を呑んだ。「死神…」  「だから吾輩のことは教授と呼べと言っているではないか。」余裕綽々と言った風情でずかずかと店に踏み込んでくる死神教授。「客として来てやったんだ。コーヒーの一杯くらい、ご馳走して貰ってもバチは当たるまい?」  「む…」後の言葉を飲み込み、憮然とした様子で藤兵衛は死神教授に席を勧めた。幸い、今日は彼以外に、他に一人も客が居ない。そそくさと入り口の札を「準備中」に裏返す、その様子を見ながら死神教授は言った。「どうした?今日はいつものアルバイトの娘はおらんのか?それとも、本庁に報告にでも行っているのかね?」  『相変わらず嫌味な奴だ、しっかりと情報を握っている事もアピールしてやがる。』背中で軽口を聞きながら、村松は忌々しげに内心で毒づいた。  「お待たせしました。ブレンドコーヒーでございます。」馬鹿丁寧な口調でコーヒーを出す村松。死神教授は気取った素振りでカップを手に取り、暫し香りを楽しんでから一口啜ると言った。「お前の淹れたコーヒーを飲むのは初めてだが、なるほど、噂通り何をやらせても一流ではあるな。」  「お褒めに預かって恐縮だよ。」村松は面白くもなさそうに言うと、自分のカップに残りのコーヒーを注ぎ、教授の目の前に座ると言った。「さて、御用の向きを伺うとするか。」  「今日吾輩がここに来た理由、察している筈だ。」  「ああ。」実際、村松藤兵衛はここ数日、いや数カ月間というもの、一つの大きな悩みを抱えていた。思いつめる余りに、目の前に座る不倶戴天の仇敵である筈の相手に思い切って相談を持ちかけようかと思ったことさえ、二度三度ではない。相手が全てを察していると踏んで、一つ大きなため息をつくと、村松は単刀直入に切り出した。  「何度説教しても、言うことを聞かんのだ。」吐き捨てるような口調で言う。  それに対する死神教授の答えは、意外なものであった。「だろうな。正直言うと、吾輩も苦労したのだ。結城志郎、確かに奴は吾輩も認める優秀な男だ。だが、思い込みの激しさが、全てを台無しにしてしまう。」  二人の敵対する中年男が、浅からぬ関わり合いを持った一人の青年を巡って思いを巡らせている。傍から見ると奇妙な構図であるが、当人同士にとっては深刻な問題であった。  「志郎は俺にとっては息子も同然だ。」沈黙を破り、ついに決定的な一言を口にする藤兵衛。「このまま、あいつが自滅して行くのを黙って見ているのは耐えられん。教えてくれ死神。俺は、どうすればいい?」  「吾輩に考えがある。藤兵衛、お前にはこのコーヒーを含め、色々と借りがあるからな、命までは取らないと約束しよう。」死神教授は真っ直ぐに藤兵衛の目を覗き込んで言った。「だが、他の全ては任せて貰う。それで良いな?」  藤兵衛は黙って頷くしか無かった。
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