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プロローグ
みかの原 わきて流るる いづみ川
いつみきとてか 恋しかるらむ
車は木津川にかかる恭仁大橋を渡っていく。
全開にされた助手席の窓からは川の流れが見え、少年は少し顔を出してそれを眺めた。西に傾いた陽光を受け、川面がきらきらと輝いて眩しい。
「父さん、このあたりだね、百人一首に出てくる〝いづみ川〟って。それに、平城京から遷都した恭仁京っていう都も、このへんにあったんでしょ?」
窓から吹きこむ風を気持ちよさそうに受けながら、少年は運転席の父に話しかけた。
「ああ、そうだよ。父さんが子どもの時分には、ここに住んでる叔母さんの家にもよく遊びに来たから、何度も聞かされたな。都は完成することなく三年余りで別の場所に遷都したんだ。だから、幻の都とも呼ばれてる。そうだろ?」
「へえ、父さんが知ってるとは思わなかったな。僕が教えてあげるつもりだったのに」
口の端を上げて皮肉っぽく笑う息子を横目で見ながら、父親は得意気に笑みを返した。
橋はゆるやかに勾配がついており、その頂点へ近づくにつれ山がこちらへ迫ってくるように感じられる。
「ここの河原では鉱物が採れるんだぞ。なつかしいなあ……紅柱石やら柘榴石やら雲母やら。コレクションするのに夢中になったもんだ」
少年は父親を振り返った。
「柘榴石って、ガーネットだよね。そんなのが採れるんだ……」
「なんなら今度、休みの日にでも鉱物採集に来てみるか?」
息子が興味をもったと見て、そう提案してみる。少年は、おもしろそうだね、と答えてうなずいた。
ふたりを乗せた黄色いミニバンは、ゆっくりと国道163号線の方面へと走っていく。
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