平成元年

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「いやね、僕は高梨さんに用があってここに来たんですよ。後がつかえているので端的に話しますね」  そう前置きをしてから本題を切り出した。 「お金、欲しくないですか?」 「金だと……?」  高梨が怪訝そうな顔をするのと対照的に男はぐにっと口角を上げた。  辺りを見回すと二人の様子を気に留めている者はいないようだった。こんな珍妙な人間が現れたというのに誰も気していないことに高梨は違和感を覚えたが、金に困窮しているだけに容易く食指が動いた。 「……どういう仕事なんだ?」  高梨は男に小声で問いかける。 「いや、仕事ではなくて、もっと楽して稼げる条件の良い取引です。あなたが今やっている日雇いの肉体労働なんて一日働いて、たかだか一万円程度でしょう?」  ――なんでこいつは俺の名前や仕事を知っているんだ?  困惑する高梨に男は本題を切り出した。 「あなたの一日を一万円で買い取りたいと思っているんです」 「命と金を引き換えろだと?」 「それも若くて元気な明日の一日ではなく、死に際の一日を短縮するだけですから、当面の健康に害を及ぼすことはありません。もちろん日数は何日でも構いませんが、容量にも限界があるので最大で十年ですね」  奇妙な提案に高梨は逡巡したが、結論に至るのは迅速だった。  ――待てよ、もしもこいつの言うことが本当だとしたら。 「じゃあ証拠を見せてみろ。本当に一日を一万円に変えられるんだったら、その条件、呑んでやる」
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