平成元年

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 燕尾服の男の視線がさらに鋭さを増す。 「そうですか、素晴らしい決断です。結果、あなたには幸福が訪れるでしょう」  そういって男が掌を返すと、ドライアイスのような白い霧がふわりと舞い上がり掌が隠された。しばらくしてそれが空気に溶けてゆくと、男の手には砂時計のようなオブジェがあった。けれどもその中身に砂はなく、硝子で出来た容器が艶々とした光沢を放っているだけだった。 「大丈夫、これは他の誰にも見えませんから」  それから燕尾服の男は指をパチンと鳴らす。するとそのガラスの容器の上半分が深紅色の物質に満たされた。鈍くゆらゆらと揺れていて、粘調性のある液体のようだ。不思議なことにその液体はくびれた中心部より下に滴ることはなかった。 「これは高梨さんの血液ですよ。命を可視化するバロメーターです。十年分、正確には3652日分ですね」  その言葉に高梨は怯んだがすぐさま気を取り直す。 「それをどうするんだよ」 「最初に証明しますね、まずは一日分」  そう言って燕尾服の男はオブジェを指ではさんで少しだけ持ち上げ、軽くトンとテーブルに戻し、振動を与えた。  するとポタっと一粒、赤い液体が下段に滴り落ちた。  同時に「チン!」とコールベルを鳴らしたような音が響いたことに高梨は気づいた。音源は鞄の中だった。 「それでは通帳を確認してください」  男にそう言われ、高梨は通帳を鞄から再び取り出し、直近の口座記録を確認した。そして息を呑んだ。  通帳には¥14,649と記載されていたのだ。  ――残高が増えている!?
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