平成元年

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 俯いて考え込む高梨の顔を男は笑顔で覗き込む。 「コンビニでお金、おろしてくればどうですか? あっ、でもちゃんとお会計済ませてからでお願いしますね。それとこのオブジェは置いていきますから、是非活用してください」 「おいちょっと待て、もしも俺の寿命が残り十年なかったとしたらどうなるんだ?」  男はその質問に平然とした顔で答えを返す。 「その場合は死にますよ。それも突然にね。だからお使いになるのはほどほどに。でも、高梨さんはまだお若いからきっと大丈夫ですよ」  そう言い残して燕尾服の男は腰を上げ、高梨に背中を向けて去っていった。 ★  その後、高梨は居酒屋の会計をきちんと済ませ、ATMで金を引き出してみた。すると確かに福沢諭吉の顔が高梨の目の前に現れたのだ。  ――あの奇妙な男が言っていたことは本当だったのか。  高梨は赤い血液で満たされたオブジェを、振動を与えないようにそっと持ち、胸の高鳴りををなだめながら自宅のアパートに向かった。  自宅に帰った高梨は、赤い液体で満たされたオブジェを机の上にそっと置いた。隣には通帳を開いて置き思案した。  ――一日一万円、最大十年か……。十年の命と引き換えに得られる金額は3652万円、相当な大金だ。欲張らなければ家一軒買ってお釣りがくる。十年間、必死で働いてもこんな金額を貯蓄することはできないだろう。しかも失うのは老いぼれた命だ。とすれば相当に割がいいはずだ。
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