令和元年

1/5
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

令和元年

 命を引き換えてから三十年が経った。  当時、新たな年号であった「平成」も今や「令和」となり、日本の様相もだいぶ変わったようだった。  男性の平均寿命はこの三十年でおよそ五年、延びたらしい。医療が進歩した恩恵は大きかった。だがとうに還暦を過ぎた高梨を待っていたのは、いずれ来るべき運命の刻だった。  どうも今回の風邪は長引くな、咳も段々悪くなってきた気がする、そう懸念した時だ。 『あなたの一日を一万円で買い取りたいと思っているんです』  三十年前の、真紅の燕尾服を身に纏う男の生々しい言葉を思い出した。急に背筋が冷たくなり、慌てて病院を訪ねたところ、高梨の不安は的中した。 「肺癌ですね。端的に申しますと、ステージⅣ、つまり進行していて手術の適応外です。薬物療法での生存期間の延長が主体の治療になります」  医師の淡々とした説明は、この病気がすでに治癒することのない状況であることを示唆していた。つまり高梨は自分の命を奪うこの病気が、あの大金と引き換えに十年早く発症させられたのだと類推した。 「そんな……」  愕然とする高梨に対し、医師は励ますように付け加えた。 「現在最も寿命を延ばせる治療は、免疫チェックポイント阻害薬です。一般的な化学療法よりも高い有効性が証明されていますから、長生きするにはその治療が最善でしょう。  正直、薬価は高いのですが、治療費のほとんどは高額療養費で賄えますから、お金の心配はしなくても大丈夫でしょう。日本はいい国ですね」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!