ACT7.夏休み 前編

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 二人で学校を出て駅前のファストフードに入って、智彦のアイディアを聞くことになった。  「ミステリーみたいなのって面白そうだなって思うんだけど…」  窓際のカウンター席で隣に座った智彦がノートを広げる。  「密室劇っていうのかな、あまり場面転換なく、科白でつないでいくような」    「そうだね、活動部員の人数が春より減るから、あまり登場人物は多くない方がいいね」  あたしがアイスコーヒーを飲みながら答えると「そうなんだよね…」と智彦は指の背を唇にあてて考え込む。  わ、(まつげ)ながーい…  肌キレイ…ニキビとか全然ない。  あたしはストローを咥えたまま、智彦の女子みたいな肌理の細かい横顔に見入る。  智彦がふと顔を上げてあたしを見る。  あたしは顔が瞬時に赤くなってしまって、智彦の視線から自分を隠すようにアイスコーヒーの紙カップを目の前に咄嗟に差し出した。  「ん?…もらっていいの?」  と言って智彦はあたしの手からカップを取る。  「いや、あの違うの!」あたしは取り返そうとするけど、智彦は「遅い!」と笑って口をつけてしまった。  あたしが呆然と見ていると、智彦は「そんなに怒らないでよ。ポテト買ってあげるからさ?」と言って席を立つ。  ポテト…あたしは釈然としない思いを抱えたまま、智彦の書いたノートを読む。  智彦の神経質そうなきれいな文字がびっしり並んでいる。  登場人物の相関図もある。  あ…はあなるほどねえ…  つい引き込まれて読んでいると「どお?」と後ろから声がして、トレーを持った智彦が横に来て座る。  「うん…面白い」  あたしが言うと「良かった。杏にそう言ってもらえると安心する」と破顔する。  「ポテト…でかっ」あたしは智彦の持ってきたトレーの上を見て驚いて声を上げた。  Lサイズかな?  のほかにハンバーガーの包みもある。  「何か腹減ってきちゃって。杏も食べて」  と言いながら智彦はハンバーガーを手に取る。  「なんか…智彦って、最初会った時とずいぶん印象が変わったよね…」  あたしは遠慮なくポテトを口に運んで言った。  ハンバーガーにかぶりつきながら、智彦はあたしを見る。  「そう?どんなふうに?」  「入学式の時は、…なんていうか線が細くて、ちょっと頼りないっていうか…言っちゃ悪いけど女の子みたいな…」  あたしが言葉を考えながら話すと、智彦は咀嚼しながらうんうんと頷く。  「本当の智彦を知らなかっただけで、別に変わってないのかもしれないんだけど。  今はすごく頼りになって逞しいなって思う」    面と向かって男子を褒めたことなんて初めてで、なんだか恥ずかしくなってしまってあたしはうつむく。
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