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家に帰ってお母さんと二人で夕食を摂っていると、お姉ちゃんと颯くんが予備校から帰ってきた。
颯くんは今日は夕飯を家で食べるってことで、お母さんはやたら張り切ってたくさん作っていた。
「うわぁ、すごいですね…」颯くんは食卓の上を見るなり、感激したような声を上げ、お母さんは嬉しそうににこにこする。
「さ、早く手を洗ってきなさいな」
「あ、はい」と言って颯くんは洗面所へ消えた。
「杏ちゃん、部活はその後、どう?」
あれも食べなさいこれもどうぞ、とお母さんから急かされるようにたくさん食べた颯くんは、食事が終わるとあたしに訊いてきた。
「どう…って?」
あたしは颯くんの言葉の意味を図りかねて首を傾げる。
「部室に来ないって、井上や他の2年生が心配してたよ。
活動はないけど、前は毎日来てたのにって」
そう言って颯くんは優しく笑う。
颯くんがいない部室は、寂しすぎて…泣いちゃいそうだから。
とも言えず、あたしは咄嗟に言葉を発していた。
「あ、あの今、…智彦と脚本書いてて、それで…」
「へえ、櫻井と?
ふうん、差し支えなかったら、どんなのか教えてもらっていい?」
脚本と聞いた途端に、颯くんの声に真剣みが混ざる。
隣にいたお姉ちゃんが笑いだす。
「颯、本当に芝居好きなんだね!
今からこんなんで半年間、我慢できるの?」
今年はさすがにW大の演劇サークルと、外部団体のサークルの活動は自粛すると言っていた。
少しでも芝居に関われるとしたら、高校の演劇部だけだなあと寂しそうに笑う。
「茱李だって、インターハイに出ないなら、受験終わるまで走れないじゃないか。
つらいって思うだろ?」
颯くんはお姉ちゃんを振り返って、お姉ちゃんの短い髪を撫でる。
お姉ちゃんは「…そうだね、でも、それより体型の維持の方が大変かな!」と笑顔で言う。
その笑顔はなんだかちょっと無理しているようで、あたしは違和感と共に、さっきの「インターハイに出ない」という言葉に驚いた。
「お姉ちゃん…インターハイ出ないの?」
お姉ちゃんはあたしを見て「お勉強が…颯くんに負けちゃいそうなの、お姉ちゃん。そんなの私のプライドが許さないのよん♡」とウィンクする。
「颯、先に部屋に行ってるね。お母さんごちそうさまでした」と席を立った。
颯くんは「…ああ…」と言ってお姉ちゃんの後姿をなぜか悲しそうに見送る。
そして、あたしの視線に気づいてぱっと笑顔になると「杏ちゃん?見せてもらっていい?」と言う。
あたしは頷いて、颯くんと一緒に部屋に行った。
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