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事件
「遼くーん、まーたバスタオル忘れたでしょー」
「あー、ごめーん」
「パジャマと一緒に置いとくからねー」
「はーい。ありがとー」
脱衣所から、妻と息子の会話が聞こえてきた。息子の声は、湿った空間で反射を繰り返していたのが漏れ出てきたようだった。
ごめんやありがとうなんて、半年前はなかなか言わなかったのにな。テレビで流れている『エンタの神様』を横目にレジャー雑誌を眺めていた俺は、口元が勝手に微笑を浮かべるのをこそばゆく思った。
「仁志さん仁志さん仁志さん!」
靴下でフローリングを擦る、大奥のような小走りで妻が帰ってきた。ローテーブルに両腕を叩きつけて身を乗り出してきたから一瞥すると、大きく目を見開いて鼻をピクピクさせている。
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