事件

3/9
前へ
/17ページ
次へ
「いじめ?」  妻がシッと、猿を追い払うような音を立てる。確かに、大声で聞き返すには不謹慎な言葉だった。 「なんでまた急に」 「遼くんのズボン、血がついてるのよ」  思いも寄らない密告にまた声を上げそうになったが、妻にしかめっ面で睨まれた。妻の顔の真似をしながらグッとこらえる。 「どのくらい?」 「ちゃんと見えなかったけど、多分、これぐらい」  妻は軽く(てのひら)を広げて見せてきた。しかし、自信なさげに口をすぼめている。 「見間違いじゃないのか?」 「見間違いじゃないわよ。青いズボンがすっごく赤くなってたんだから」 「でも、ちゃんと見なかったんだろ?」 「だってー、脱いだ服ゴソゴソ見られるの嫌でしょー? お風呂のドア磨りガラスだし、脱衣所で何かやってるのって、シャワー浴びてても結構分かるのよね」 「そんなこと気にするほど、まだ思春期って歳でもないだろ。ていうか血って。あいつ、怪我なんてしてなかっただろ。晩飯のときも、別になにも言ってなかったし」 「馬鹿ね、言うわけないじゃない」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加