事件

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 一口ずつ喉を潤す余韻を楽しんでいたウイスキーを口に運ぼうとしていると、妻に腕を叩かれてこぼしそうになった。 「普通に走って転んで怪我したんじゃないのよ。いじめられて怪我しただなんて、子供は親に自分から言えないものなの。心配かけるからって」 「あいつに限っていじめなんてなあ。一学年一クラスか二クラスしかない田舎の小学校だし」 「田舎も都会も関係ないわよ」 「それにあいつ、小学生じゃ珍しく部活に入ってるし、休みの日もちょくちょく遊びに行ってるし。友達とは仲良くやってると思うけどなあ」 「でも、実際に遼くんが友達と遊んでるとこ、見たことあるの?」 「サッカーの試合はお前も一緒に観に行っただろ」 「あれは事前に親が来ることが分かってた行事でしょ? あの年頃の子は、悪いことが大人にバレるのがまだ怖いの。親の目があるところでいじめたりしないわよ」 「なんで遼がいじめられてる前提なんだよ」 「だって、ほかにも思い当たる点があるんだもん」 「なんだよ」 「仁志さんは帰ってくるのが一番遅いから知らないでしょうけど、部活がない曜日も、帰ってくるのが遅いのよ」 「友達と寄り道してるんだろ」 「それに!」と、妻は声を上げて俺の否定を制した。しかし、言いにくそうに声を潜める。 「最近、遼くん、元気ないっていうか。話してるときは明るいんだけど、今思えば、あれは無理に笑ってたんじゃないかって」  確かに、それは妻の言う通りかもしれない。  朝食や晩飯を食べていて会話が途切れたとき、好きだったはずのバラエティ番組を観ていたときでさえ、気づいたら遼は暗い顔で下を向いていたように思う。話しかけたら驚いたように声を上げて、思い出したように飛びっきりの笑顔を作るのだ。 「でもなー」
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