エンドロール

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 ──半年後 「あ~、聴こえてきたね」 「そうだな」  フォルテは相槌を打つ。 「ね~、ディミヌちゃん。歌うの?」 「そうねぇ」  ディミヌはフォルテの妹に微笑む。 「よぉ」 「リンちゃん! 久し振り」 「あれ? 旦那さんは?」 「え? いるよ?」  ディミヌはフォルテの家に嫁いできていた。相手はフォルテ──ではない。フォルテの八つ下の弟だ。ディミヌと同い年で、昔ディミヌをいじめていた張本人。  フォルテのうしろにディミヌがいついてしまったキッカケを作った当人だというのに、年の離れた二男は、長年フォルテをライバル視していた。 【ディミヌ──Diminu】  由来──ディミヌエンド(diminuendo)  意味──だんだん弱く  ──半年前の、国王との謁見の後。  三人は各自の家に一度、戻ることにした。久し振りのセプス国。そのうれしさからか、ディミヌは男ふたりを置き去りにして、どんどん街中を歩いて行く。 「俺もディミヌとフォルテの家を一回見ようかな」  あの惨事の光景がリンフォルの脳裏にもこびりついていると思うと、フォルテはうなずく。  しばらくふたりは無言で歩いていたが、おもむろにリンフォルは『フォルテはさ』と言い出した。 「嘘言ったよね。本当は、まだ引きずってるんでしょ」  フォルテが旅に出てから数週間後。パーティーにはある訃報が届いていた。あのことかと、フォルテは素っ気なく口を開く。 「引きずってるんじゃない。俺は、誰かを幸せにできるような人間じゃないって結論づけただけだ。あれは、俺が忘れてはいけないことだからな」 「そうやって婚約した恋人の心を縛るには、自殺っていい方法だったのかもね」  長年付き合っていた恋人。けれど、結婚を先延ばしにして、教授の道を閉ざし、旅に出た。いつまで待つのか、不安は尽きなかったのだろう。 「自ら死を選ぶようなことが、いい方法なわけがあるか。ただ、俺は相手に愛情を伝えられないってことを痛感しただけだ」  淡々と話すフォルテに、リンフォルは『ふ~ん』と返答する。 「フォルテはなんでも家族を最優先にするからね。自分が一番になりたいって思う女の子に、フォルテは無理だよ」 「違う。そう思わせた俺が悪い」  間髪の入れない返答に、リンフォルは空を見上げる。 「あ~あ、フォルテがこ~んな石頭じゃなければなぁ」  その言葉は、なにかを言いたげだ。しかし、フォルテはその意図を汲もうとはしない。 「それより、お前はいいのか?」  ふと、リンフォルの視線はフォルテへと動く。 「言うなら、今だろ。それともお前、自分の気持ちに気づいてないとか言わないよな? バレバレだぞ」  フォルテは声を出して笑う。こんなフォルテは珍しい。  だが、リンフォルの顔はみるみる赤面していく。 「ななななな、なに言っちゃってんの? 違うし、それ、フォルテの勘違いだよぉ。ほら、俺、特定の彼女は作んないじゃん。嫌だなぁ、俺まで嘘を言ったって、同罪にしたいんだ?」  明らかに焦っているリンフォルの態度に、フォルテは更に笑う。 「そうそう、お前がそうなったのって、ディミヌと会ってからだよな」 「わぁ! だ、だから、ち、違うって! ただ……そう、ただ、タイミングがそうだったかもしれないけど……」 「国王がディミヌに結婚を進めてたら、どうなったと思う? あいつのことだからよく考えないまま『はい』とか言ってたかもしれないんだぞ。それでも、お前はよかったのか?」 「よかったのか、も、なにも……」  次第にリンフォルは言葉を失う。  視線が泳いでいる彼の背中を、フォルテはポンと押す。 「ほら、行って来い」  背中を押され、リンフォルは目を開く。うつむき、右手を握る。 「俺……」  身を縮めたリンフォルは、言い訳を頭の中でグルグルと回す。けれど、小さな勇気を選ぶ。そのとき──。 「あ」  フォルテの声に、リンフォルは視線を上げる。  遠くでディミヌは立ち止まり、その前にはフォルテの弟──二男がいた。 「ディミヌ、俺と結婚してくれ!」  デカデカと聞こえた声に、リンフォルは固まる。 (付き合って、じゃなく……イキナリ結婚の申し込み!?)  一方のディミヌは呆然としていた。  二男は精一杯、言葉を続ける。 「ガキのころから俺……ディミヌのことが、その、好きで。それで、つい……あんなことをしちまっただけなんだ。だから……」  徐々にちいさくなる声。  きょとんとしていたディミヌだったが、 「えと……うん」  と、なんと了承の返事をした。──その声は、フォルテとリンフォルにも、なぜかよく聞こえた。 (あの敵視は……このせいだったのか)  二男から長年感じていた敵視が、ライバル視だったと知ってフォルテは苦笑いを浮かべる。  ピシッ  フォルテは真横で、なにか大きく亀裂が入った音が聞こえた。音の方向にフォルテが視線を向けると、リンフォルがすっかり生気を失くしていた。 「俺……また旅に出るわ」  告白するつもりのなかっただろうリンフォルをあおっておいて、告白の前に失恋させてしまったフォルテは、 「ああ、そうしておけ」  と、しか言えなかった。  そうして、リンフォルは数ヶ月に一回、帰国してはこうしてフォルテの家に顔を出す。   【フォルテ──Forte】  由来──フォルテ(forte)  意味──強く 【リンフォル──Rinforl】  由来──リンフォルツァンド、リンフォルツァート(rinforzando, rinforzato)  意味──その音を特に強く 「曲が……そろそろ終わるね」  ディミヌはクレシェを懐かしむように言う。 「うん、そうだね。……フォルテ、皆を呼んで」 「はい、はい」  リンフォルの声に、フォルテは家の中にいる家族を全員呼ぶ。  家族全員が畑のある庭に出ると、曲は調度終わった。  ディミヌは右手を指揮のように振りかざす。 「せ~~~のっ」  皆は国家を一斉に口ずさみ始める。  その歌声は次第に大きくなり、空へと広がっていった。 【クレシェ──Creche】 【シェード──Shade】  由来──クレッシェンド(crescendo)  意味──だんだん強く
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