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言えずに
『魔王』と一緒にいるこっちの身の保身を考えるべきだろと、フォルテは言いたかった。だが、当の本人が聞いているところで、そう言えない。
(守る宣言は、まさかの本気だったのかよ)
ディミヌのクレシェを庇う抗議に、フォルテは声を飲むしかない。
フォルテがなにも言わないでいると、クレシェが慌てて口を開く。
「で、でも……私がいたらディミヌさんたちに、ご迷惑なんじゃ……」
次第にちいさくなるクレシェの声。
(危害をアンタが加えない限り、逆に俺らは安全が保障されている気がするけどな)
声に出せないフォルテの言葉を、リンフォルは聞いた気がした。
(あ~、確かに)
同意したリンフォルにも苦笑いが浮かぶ。
男ふたりは肯定も否定もしない。
「そんなことないよ!」
ディミヌは頬を膨らませる。一向に黙ったままのフォルテとリンフォルを見ると、
「ねっ!?」
と、念押しの一言。
それは、いつになく強い。そして意味なく湧き出る『勇者』の眼差し。
フォルテはディミヌを頭ごなしに言いくるめたかった。──クレシェがいなければ。
そう、現状ではできない。
(勝手にしろ!)
内心で叫んだフォルテはヤケだ。もうこうなれば、なるようにしかならない。荷物の最終チェックをしようと、テーブルの奥へと向かう。荷物は多くないが、一番体力のあるフォルテがまとめて持つことが多い。
そんな相容れない両者の思いを汲んだのか。リンフォルのゆる~い声が響く。
「いんじゃない? 俺だってレベルだけで言うなら百だし……。戦力が増えるのは歓迎」
「リンちゃんは昇級試験、五十ずつしか受けてないじゃん。私にレベルの判定はできないけど……一年は受けてないんじゃない?」
「レベルなんて、名刺みたいなもんだからね。それに、俺が昇級試験を受けていたのは希望するパーティーにいつでも入れるようにだったし……。今は俺が試験受けるより、ねぇ?」
未だ対面キッチンの前で話すふたりは、コントでもしているかのよう。
「うっ、リンちゃんにまで言われた」
「ごめん、そういうつもりじゃなくてさ。ほら、俺は無理強いはしないよ」
博打でお金をスッてしまうことが度々あるからか、リンフォルは弱腰だ。
「確かに、そうだな」
一理あるとフォルテは肯定する。
「まぁ、戦力になってくれるのかは、クレシェちゃん次第だけど」
『だって、魔王だから』と、リンフォルは内心続ける。今度はそれをフォルテが聞いた気がして、無言でうなずく。
男たちの思いなど知る由のないディミヌは、リンフォルの言葉に目を輝かせる。
「そうだよね! ありがとう、リンちゃん」
うれしそうなディミヌを見て、リンフォルの顔はゆるむ。だが、ふたりが笑い合ったのは一瞬だけで。
ディミヌは、パッとクレシェに走り出す。
「よかったぁ! ね、クレシェちゃん?」
ディミヌはクレシェの右手を取り、リズミカルに動く。
自分のことのように喜ぶ姿のディミヌを、クレシェは見つめる。
ディミヌはキラキラと輝かしく見えた。それにしばらくクレシェは見とれる。
かくして、セプス国王公認の勇者ディミヌのパーティーは、面倒見のいい男たちに魔王が加わるという、奇妙な四人組となった。
コテージを出ると、依頼の紙を凝視して歩き始めたディミヌ。
「前を見ないと危ないよ~」
注意を促すリンフォルに、
「大丈夫、大丈夫!」
右手を上げて呑気に、マイペースに先頭を歩き続けている。
男ふたりは、ディミヌを野放しにする。それは『先頭は勇者が歩く』というディミヌ独自の美学を尊重しているからこそ。
しかし、ディミヌが先頭をいくら歩いて行っても、行先をディミヌに任せることは、まずない。
「どこまで行く?」
「ん~、とりあえずは……」
フォルテとリンフォルが話していると、それが聞こえたのか、
「猫の気持ちになってみようよ!」
と、ディミヌは満面の笑みで振り返った。
「おい。子犬がなにか吠えたぞ」
ディミヌの声はまだまだ幼い。十六歳になった今でも、甘くかわいい少女の声だ。
「よし! じゃ~、なでてあげよう」
リンフォルは人差し指をピンと立てる。
立ち止っているディミヌに近づくと、よしよしと子どもをかわいがるようになでる。リンフォルは上機嫌だ。
しかし、
「え~、リンちゃん……。私、子犬じゃないよ~?」
と、ディミヌには間抜けな表情が浮かぶ。
子犬に芸を仕込むようなリンフォルのうしろ姿にフォルテは、
(話が逸れた)
と、ため息をもらす。その姿を横にいるクレシェは、首を傾げて眺める。
「そういえば、猫の集会が夜毎ロッシクで開かれているって聞いたよ?」
フォルテのため息をしっかり聞いていたのか、リンフォルが言う。
ディミヌたちはセプス国王を中心とすると、北に歩いて来ていた。猫の性質を考えれば、猫は暖かい場所を好むもの。
仕事が見つかるまでの数日、寝泊りしていたヤチから更に北に猫が進むのは考えにくい。
「ロッシクは、ヤチからは南東か」
「多少、魔物がうろつく野蛮地区だと聞いているけどね~」
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